ファーレンハイト/Fahrenheit
 七年前、俺は加藤とペアを組んでいた。
 夜、観光地の遊歩道を手を繋いで歩いていると、繋ぐ手に微かに力が加わった。どうしたのかと思って加藤を見ても、特に表情からは異変は感じられなかった。だが、身体が微かに震えている。
 その時、視界の端に相澤がこちらへ歩いて来るのが見えた。

 相澤はこちらに気付かなかったが、相澤は野川のような『小さくて可愛い』を体現したような女と手を繋いで歩いていた。

――ジャスミンティーとチョコレートのソフトクリームが好きな女。

相澤がプライベートである事は一目瞭然で、チョコレートのソフトクリームを相澤が持ち、女に食べさせていた。女の口に溢れたソフトクリームを見た相澤は、繋いだ手を解いて女の髪に触れ、頭を自分に向けさせた。そして相澤は女に顔を近づけた。その後にする事は一つしかない。

 俺は加藤と繋いだ手を解いて腰に回し、遊歩道の欄干に加藤を押し付けた。肩に手を置きながら耳元で「ごめんね、見たくない」と笑いながら言うと、加藤は「そうですね、私もです」と返して来た。
 声音はいつもの加藤だった。だが俺のジャケットを掴んでいる。加藤はこの状況だと俺の背中に腕を回すか前から肩に手を乗せていたが、この時の加藤はジャケットのポケットの上を、震える手で強く掴んでいた。

 相澤が通り過ぎた事を確認してから加藤と身体を離したが、俺は立ち位置を間違えて加藤の視界に相澤と女が入ってしまった。その時の加藤は相澤を目で追っていて、唇をギュッと噛んでいた。
 俺が加藤の恋心に気付いたのはその時だった。

「正直に言うけど、お前が相澤を好きなんて意外だ」

 その言葉に加藤は目をそらした。

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