ファーレンハイト/Fahrenheit

#02 秘密と後悔(後編)

 相澤の肩に乗せた腕を離して、その肩を軽く押した。上半身は揺れたが、相澤はすぐに俺の顔を見た。その目は真っ直ぐ俺を見据えている。

 ――こいつはこれ以上の事は話さないと決めたな。

 俺が叩き込んだ秘密保持を守る相澤を頼もしく思うと同時に、憎たらしくも思った。そう思うと口元が緩む。

 俺は相澤に背を向けてベッドへ戻った。
 天井を見上げると、扉の前で立ち尽くす相澤が視界に入るが相澤は動かない。
 相澤は下を向いている。

 また雷鳴がした。

 俺は天井を見上げながら、頭の中で考えていた事を声にした。

「俺さ、この前初めて、優衣香をベッドで抱いたんだよ。……ああ、いや、抱きしめたんだよ。それ以上の事はしてない。けど、初めてキスしたんだよ」

 相澤は何も言わない。ただ、俺の話を聞いている。だから俺は続けた。

「キスしたら止まらなくなって、何度もして、優衣香は俺の女だ、やっと俺の女になったんだって、そう思った。そう思ってたんだよ」
「だから! 笹倉さんも松永さんを好きですよ!」
「ああ」
「だったら――」
「でも間宮と一緒にいるのを――」
「それは――」
「間宮なら良いかって――」
「だから違う――」
「ふふっ……やっぱりお前、優衣香と間宮の事を知ってんだな。ふふっ」

 雨粒の音が激しくなる。
 その音は、俺の鼓膜を、俺の心を震わせる。

 ――相澤にカマかけたつもりだったけど、違った。俺は思い違いしてた。

 俺は優衣香が他の男と一緒にいた事が許せなかったんじゃない。
 俺は優衣香に捨てられる事が怖かったんだ。
 俺は優衣香に忘れられる事が怖かったんだ。

 ――あの時と恐怖と同じだ。

「でも裕くんありがとう」

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