ファーレンハイト/Fahrenheit
 ベッドに置いたスマートフォンが震えた。
 画面を見ると加藤のメッセージを受信した通知だった。
 ベッドに座り、メッセージを開くと、「服は何着ればいいの?」とあった。

 あの日以降、加藤はスカートを履く日が多くなった。寒いのに我慢している気がする。加藤がズボンでも何とも思わないのに。
『スーツにしよう。ズボンのね。暖かくしてね』そう送ると加藤からすぐに返信があった。

『ありがとう。了解。なんで起きてんの? 寝なよ』

 加藤はリビングに一人でいる。松永さんは寝ているからリビングに行って話せばいいのだけど、あの話をしようとすると、加藤は手を出してくる。

『この前の話をしたい』
『やめてよ。寝な』
『いつ話せばいい?』
『その話したら殴る。早く寝な』

 ――始めたら、終わりがある。

 奈緒ちゃんは分かっているのかな。俺と関係を持って、終わったら元には戻れないと。それでも良いと、奈緒ちゃんは思っているのかな。

 ――奈緒ちゃん、俺は嫌なんだよ。

 奈緒ちゃんは、俺の中でずっと同期の奈緒ちゃんでいて欲しいんだよ。
 美人でカッコよくて足が速くていつも俺をぶっちぎって行く後ろ姿を見ていたいんだよ。
 俺は、奈緒ちゃんを失くしたくないんだよ。

 ――始めたら、終わりがある。
 ――だから、今のままで、良い。

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