ファーレンハイト/Fahrenheit
 恋する奈緒ちゃんと葉梨とじゃ熱量が違う。
 何かあったのだろう。恋する奈緒ちゃんはウッキウキだったから、葉梨自身に問題があるようだ。

「あのさ、お前、顔に出てるよ?」
「あー、あの、もう松永さんはわかってますよね」
「うーん、お前が俺に話して良いと思うなら話してよ。秘密は守る」

 ――返答次第では戦が始まる。ぼく聞きたくない。

「三つあります。まず一つ目は、あのお店は加藤さん以外の誰かの息が掛かってると思いまして、ちょっとそこで……加藤さんは俺を試してるのかと思って……」

 ――ぼくも奈緒ちゃんもいきなり大ピンチ!

「なんでそう思ったの?」
「結論から言います。あのお店は松永さんの息が掛かってるお店ですよね?」
「ふふっ。否定も肯定もしません」

 この今回の仕事でメンバーとなった葉梨とは面識は無かったが、どういう人間なのかは調べた。
 加藤が見込む程の捜査員だ。調べるうちに確かに有能だと思った。加藤はあのバーに連れて行って、息が掛かってる店かどうかを気づくか試したのだろう。
 葉梨は生活安全課所属で、情報提供者と関わる際の店は複数持つのは当然の事だ。それにしても、俺の息が掛かってるとはよく見抜いたなと感心した。
 葉梨はバーテンダーと加藤の仲に違和感があったと言う。誰か一人、介在していると感じたそうだ。葉梨はカマをかけるつもりで俺の手引きがあってここ使うようになったのかと聞いたら、加藤が一瞬、仕事の時の目をしたからそうなのだと思ったそうだ。

 ――だから警察官って嫌なのよね、可愛げがなくて。

「今度さ、一緒に行こうよ。おすすめのカクテルがあるんだよ」
「えっ……あ、ありがとうございます」

 葉梨は加藤が注文した飲み物を記憶していた。加藤の目の動きとハンドサインももちろん見ている。それは葉梨が同業だから気づいたのであって、加藤が失敗したのではない。ただ、バーテンダーが加藤の意図が汲めずに動揺したから気づいたのだろう。

「二つ目は、バーテンダーの方が、加藤さんが男を連れて来たのは初めてだと言いまして、それも加藤さんが言わせたのだろうと思いまして……加藤さんはどういう意図があったのか、気になってます」
「ふふっ、あいつはそんな事を言ったのか」

 渋滞も徐々に解消し始め、眠気も覚めてきた葉梨は運転に集中している。

「あのな、それは嘘でもあるし、本当の事でもあるよ」
「えっ?」
「加藤はジャックローズを頼んだんだろ?」
「ああ、そうですね、ジャックローズでした……カクテルに符牒がありそうだな、とは思いました」
「最初はターキーソーダで、ラストにジャックローズだった?」
「はい、そうです」
「ふふっ……ふふふっ」

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