ファーレンハイト/Fahrenheit
 俺が笑ったから気になるのか、車は流れているのにこちらを向こうとする葉梨に、「前見ろよ」と言いながら葉梨の太ももにシャーペンを刺した。

「痛っ!! すいません!!」
「ふふっ……あのな、確かに加藤はあの店に男は連れて行ってる。でもな、ラストにジャックローズを頼んだ時の連れの男は、お前が初めてなんだよ」
「えっ……」
「最初にターキーソーダを注文した時点で、あのバーテンダーは動揺したからお前が符牒に気付けたんだよ。ふふっ」
「えっ、えっ?」
「ジャックローズを頼む前後、加藤はお前に何をした? 何を言った? 店出てから加藤はお前に何を言った? 何をした? 思い出せよ、それが答えだ」

 葉梨はそれを思い出したのだろう。耳を赤くして頬を緩めていた。

「ごちそうさま」
「あー、そういう事だったんですね。ははっ」
「で、何したの? 教えてよ、生々しい話」
「まあ、それは……」
「なんでヤらなかったんだよ、もったいなえな」
「まあ……。あ、あの三つ目ですけど……」

 葉梨は加藤に男がいるのではと聞いてきた。俺が加藤には男がいないと言っていたのに、加藤には男がいそうだと言う。だから加藤は「俺が奈緒ちゃんの第三の男になろうか」と言われて動揺したのか。

「いないだろ。聞いてないし。え、いるって?」
「いそうです」
「だからお前は浮かない顔してたのか」
「あー、はい……」
「だから次のデートの約束しなかったのか」
「……はい」

 なのに翌朝の奈緒ちゃんは恋する奈緒ちゃんでウッキウキだったのは何でなんだろうか。

「……お前が俺に聞きたい加藤の事ってある? 答えられる事だけ答えるよ」

 運転しながらで余計に思考がまとまらないのか、随分と時間が経ってから葉梨は口を開いた。「加藤は俺で本当に良いと思っているのか」と聞いてきた。
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