喫茶店の悪魔
「綺麗…」
「ね、綺麗」
思わず空に向かって呟く。
―すると、私の言葉を同意したような、優しい女の人の声が聞こえた。
思わずキョロキョロと周りを見渡して、その声の持ち主を探してしまう。
どうせ、私に話しかけてきた訳ではないのはわかっているのだが。
制服を着た高校生、長いコートを羽織った老人、メガネをかけたおじさん。
色々な人がこの空の下にいる。
私の前に、男女が並んで歩いていた。コンクリートの床は2人の影が見えている。
顔は見えない。だけど、後ろ姿で男性と女性だということがわかる。
男性は、上着のフードを被っていて髪も顔も見えないが、がたいというか体つきで男性とわかる。隣の女性は長い黒髪を下ろしている。その女の人の声だ。
「うん、綺麗。」
女性の声に躊躇うように頷く男性。
綺麗な低い、男性の声。
その声は、あの人にとても似ていた。
「ふふ。秋がいちばん好きだなー、やっぱ」
「もう冬だけどな」
それからふふっと笑う女性。
大切な人といれて、本当に幸せそうだ。
もしかしたら、聞き間違えかもしれない。どこにでもいるような声なのかもしれない。
でも本当に、本当に、もしかしたら。
―天さん?