うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

王宮からの招待状

 書類や手紙が届いたので侯爵に渡しに行くと、こころなしか目に精気が無くげっそりと疲れているように見えた。

「顔色が悪いですが大丈夫ですか?」
「ああ……昨晩はモルガンのせいで眠れなかった」

 つまり、寝かせてくれなかったんですね???

 図書塔で寝泊まりしている侯爵ならきっと夜のうちに何か起こっているだろうとは思っていたが。応援隊長としては上手くいっているのは嬉しいけど仕事に支障をきたさないようにしてもらいたいものである。

 ふと、ハワード侯爵は受け取った書類やら手紙やらをチェックしてた手を止める。

「……フェレメレン、国王陛下から届いているぞ」
「へ?」

 侯爵は手紙の束の中から1枚の封筒を取り出し私に手渡す。見紛うことのない、紫色の封筒に金色の封蝋、そして金色のインクで書かれた宛先には私の名前が書かれている。

 封を切ると、恐れ多くも国王陛下からのお茶会の招待状だった。
 王立図書館館長に呼び出されて左遷になった身としては少々怖いお呼び出しだ。

「わわわ……私何か悪いことしましたかね???」
「なんでそうなる?きっとどこかのヘッポコ王子の仕業だろう。私も一緒に行くから深く考えるな」

 しかし侯爵が神官長に代理をお願いしたところ、その日は急用が入ってしまい代われないとのことだ。

 神官長からの手紙をぐしゃりと握りつぶした侯爵が剣呑としたオーラを纏い始めた頃、今日もエドワール王子がアフタヌーンティーに合わせてやって来た。しかも、いつになく楽しそうにしている。

「エドワール、何をしたんだ?」
「人聞きが悪いなぁ~。宰相殿から婚約の話を耳にした父上がぜひシエナちゃんに会いたいと言っているんだよ」
「そのことではない」
「まぁまぁ、ディランの代わりに俺が案内してやるから心配しないで?ね?」

 そう言ってエドワール王子はパウンドケーキを口に運ぶ。

 うっかりスルーしそうになったのだけど、婚約する話がもう国王陛下の耳に入っているってどういうこと?婚約については建国祭後に話を進める予定だけど、ハワード家はもう動いてるの?!

「信用ならん。パスカルに頼む」
「もぉ~、魔物討伐から帰ってきたばかりのオードラン卿は休ませてあげなきゃでしょ?」

 王子に向かって信用できないって言っているよこの人。
 怖いもの無しか?

「それに、ディランが悪いんだよ?父上に素っ気なくしているから父上は構って欲しくて目を光らせているのさ。お前がムキになる反応が見たくてね」

 一癖も二癖もありそうな国王陛下だな。
 胃が痛くなってきた。

「おまけに、カフェでシエナちゃんへの想いをそれはそれは情熱的に語っていたようだし?それを聞いてなおさら興味があるみたいだよ?」
「覗きとは趣味が悪いな」
「あのねぇ、王宮のお膝元であるこの首都で王族(僕たち)に隠し事ができると思う?それにこの話は街中に広がっているよ?」

 ひぇぇ。きっとお兄様との会話のことだ。
 最近は調理場のシェフたちや侍女寮のお姉さまたちが生暖かい目で見てきたのはそういう事だったのか……。

「そうだシエナちゃん、ドレスは王宮(こっち)で見繕ってやるから気にしなくていいよ?」
「お……恐れ多いですし、お茶会後は業務に戻りますので司書の礼装で行きます……」

 ハワード侯爵が居ない状態で王宮に長時間いると、このロイヤル親子が何をしでかしてくるかわからないというのが本音だが。

 エドワール王子は口を尖らせて抗議したが、彼の部下がドアノッカーを叩きアフタヌーンティーの終了を知らせてきたので文句を垂れながらも席を立つ。

「まったく、建国祭前の忙しい時期に何をしているんだか」
「だって~、ここって居心地が良いんだよねぇ~。それに、ついでにしたいことも色々あったからさ」

 そう言えば、エドワール王子には5人の弟が居て王位継承権を巡って争っているところだ。【俺様担当】であるエドワール王子だが、弟想いな一面があり、兄弟全員が笑い合える未来を望んでいるらしい。しかし陰謀が渦巻く王宮内ではなかなか難しい夢のようだ。

 ゲームではジネットがそんな王子の拠り所となるのよね。

 なんやかんや言ってハワード侯爵が出禁にしないのはそんな背景を汲んでいるのかもしれない。

 しかし、「またねー!」と言って機嫌よく去っていく彼の後姿を見送ると、侯爵はまた塩が入った瓶を取りに行った。

 扉に向かって投げつけるように塩を撒く候爵の姿を恒例行事のように見守っていると、私の執務室でアフタヌーンティーをしていたノアが顔を出す。

「またやってるよ……」

 ノアは呆れたように溜息をついた。

 掃除をするこちらの身にもなってくださいよ侯爵。
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