うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

ひるねごと

「む?この絵本懐かしい」

 王立図書館から送られてきた本の中に昔読んだことがある絵本が入っていた。

 絵本の魔法書は好きだ。

 絵の中に魔法陣が仕込まれており、触れると絵が動いたり魔法で幻影が現れたりする。大がかりな仕掛け絵本なのだ。

 久しぶりに絵本に触れて喜んでいると、シモンが部屋に入ってきて撫でてとせがんでくる。

「ねえねえ、シモン隊長。絵本の朗読を聞いていただけますか?」
「んにゃあ」

 聡明な彼は綺麗にお座りして私を見つめる。私は嬉しくなって絵本を読み上げた。すると、近くの階にいたノアがひょっこりと顔を出してくる。

「シエナちゃん……猫に読み聞かせてどうするの?」
「だって……本当は読み聞かせがしたいんです。そのために司書になったんですよ」
「ふむ……」

 ノアは部屋に入ってシモンの後ろに寝っ転がった。

「じゃあ昼寝がてら聞こうかな」
「ちゃんと今日のノルマ分読み終えたんですか?それに今はまだ朝ですよ」
「あの量を1時間で読んだら失神するって。魔法書の魔法を知らねぇからそんな恐ろしいこと言えるんだろうけど」

 そう言えば、この絵本も王立図書館から送りこまれてきた本だ。読んだらノアの身体に刻まれた印が反応してしまうのではないだろうか?

「ノア、この本も王立図書館から来た魔法書ですよ?」
「俺は目を閉じて聞いているだけだから大丈夫だろ」

 シモンが膝の上に手を置いて催促してきたので、私は絵本を読み始めた。

 本の題名は『星を捕まえる魔術師』。

×××

 昔、ひとりぼっちの魔術師が居ました。
 彼は自分のことをよく知りません。

 魔術師はある日、森で猫の王様と出会いました。王様は魔術師のことが気に入り、城に連れて帰りました。

 王様と魔術師はとても仲良くなり、彼らはいつも一緒に居ました。やがて魔術師は王様の元で働き、彼のためにたくさんの魔法を編み出しました。

 そんなある日、王様の家来の1人が魔法を使い、街に恐ろしい怪物を呼びました。

 怪物はたくさんの人を傷つけ、建物を破壊しました。

 魔術師は王様たちを守るために、1人で怪物に立ち向かいました。

 彼が空に手を伸ばし呪文を唱えると、空にはオーロラが広がり、幾つもの星が彼の手の中に集まって、彼の目は美しい星のように光りました。

 それはそれは、美しい光景でした。

 彼は星の力で怪物を眠らせて、街に平和を取り戻しました。

 王様は魔術師に何度もありがとうと言いました。

 けれども、街の人は魔術師を嫌いました。みんな、彼が怪物を呼んだと勘違いしたのです。それに、「女神様が住む空の星を盗ったお前は泥棒だ!」と言って魔術師を罵りました。
 
 王様は弁明しようとしました。けれど、魔術師は王様を止めました。そして王様の元から離れてまたひとりぼっちになりました。

 王様は毎日魔術師に手紙を書きました。返事が来ない手紙を、毎日書きました。

 魔術師は返事を書きませんでしたが、王様が手紙を初めて書いた日からずっと、彼は星のような形の花を王様の城に咲かせました。まるで、彼が捕まえた星のように輝くお花です。

 やがておじいさんになった王様は子どもたちに魔術師のことを話しました。いつか子どもたちが、彼と一緒に居てくれることを望んでいるのです。

 そして今日も、王様のお城では黄色く輝く花が揺れているのでした。

×××

「このお話し子どもに読むにしてはあんまりにも悲劇的ですけど、王様と魔術師の友情が素敵で良いお話ですよね……って、ノア、寝ていますね?」
「起きているよ」
「なら、今にも寝そうですね?」

 私はかがんで顔をノアに近づけてみるが彼の銀色の髪で顔が隠れてよく見えない。その前髪を払おうと手を伸ばすと、ノアの手に摑まった。そのまま、彼は自分の頬に私の手を当てる。彼の手も顔もあったかかった。眠る前の子どものようである。

絵本の魔法で黄色い花が咲いている部屋の中では、ノアは外でのんびり昼寝をしている猫のようにも見える。

「仕方ありませんね。私のひざ掛けを持ってきますね」

 ひざ掛けを取って戻ってくると、ノアはシモンに顔を埋めて眠っていた。
 シモンは不機嫌そうにしっぽをパタパタさせているが、なぜか今日は大人しい。いつもならノアの手を叩いて逃げていてもおかしくないのに……。

 それにしても、シモンのお腹に顔を埋めるなんて私もまだしたことないのに羨ましい。

 まだまだ仕事が残っているので、私は邪念を捨ててノアにひざ掛けをかけて執務室に戻った。
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