うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

やはりブラック企業だ

 夕食をのせたワゴンを押して図書塔に戻ってくると、警備をしている騎士たちが声をかけてくれた。ここの警備はシフト制だ。私は夜勤の2人用に受け取った軽食と飲み物を渡した。
 夜勤の2人はペリシエさんとバイエさん。朝会ったバルトさんとドゥブレーさんより若い。先ほど挨拶したのだが、ペリシエさんはちょっと軟派過ぎる印象だ。真面目そうなバイエさんが並ぶと良い意味でデコボココンビである。

 心なしか、さっき挨拶した時よりバイエさんが疲れているように見えた。

「大丈夫ですか?」
「え、ええ……ちょっと持病のチキンが疼きまして」
「チキン?初めて聞く病気ですけどそれ本当に大丈夫なんですか??」
「よく起きてるから大丈夫だよぉ~。バイエくんは繊細なんだよね」
「ペリシエさんはもっと反省してください!!!」

 そう言いながらもバイエさんは何故か恐れるように塔を見上げた。発作と聞いて心配したが、大きな声は出せるようなのでひとまず安心して塔の中に入った。

 1階の小部屋前にワゴンを置いて候爵に渡す料理を持とうとしたその時、急に肩を掴まれて変な声を上げてしまった。

 もしかして1日目から噂の幽霊さん見参ですか?出るならせめて丑の刻とかにして!それまでに私帰るから!!!

 すると、肩を掴んでいる手が微かに震えている。その時気づいたのだが、その手は決して冷たくなかった。じんわりと体温が伝わってくる。振り返るとハワード候爵がもう片方の手で口元を隠しながらこちらを見ている。

「突然婦人の肩を掴んで悪かった」
「ハワード候爵でしたか。ビックリしましたよ」

 ハワード候爵はすっと腕を伸ばし、ワゴンの上にあったバスケットを取る。それを持ち上げてちらと中身を確認した。

「これの中を見たか?」
「いいえ、決して開けないように言われて渡されましたので見ていません」
「そうか、モルガンの食事を持ってついて来い。俺のは後で取る」

 そう言うや否やハワード候爵はさっさと上がっていってしまった。慌ててついて行くが脚がもう生まれたての仔鹿状態だ。

 ヘロヘロになって17階の小部屋の扉を叩くと、中から「遅いぞー」とノアが言ってくる。扉を開けると、そこには昼間見た部屋とは違う幻想的な空間が広がっていた。

 無数の星でできたシャンデリアが天井から下がり、夜なのにとても明るい。壁には手書きで「ようこそシエナちゃん」と書かれた装飾が貼られている。そしてベッドの上にはトレーが置かれており、ケーキと紅茶が澄ました顔で乗っている。そのすぐそばには、さっきのバスケットがあった。

「これは……」
「ささやかながら歓迎会だ。やらなきゃノアが一晩中騒ぐからな」
「そぉーんなこと言っちゃって、司書長さまが一番張り切っていたじゃん」
 
 ポカンとしながらもちゃっかりノアからケーキを受け取った私は、ケーキを見てビックリして思わずハワード候爵の顔を見た。私が今手に持っているのは、今日の終業後に食べに行こうと思っていたパティスリー・アニエスのケーキである。

 しかも私が好きなイチゴのタルト。

「ど、どうしてパティスリー・アニエスのケーキを!!!」
「知り合いに適当に頼んだら買って来てくれたんだよ」

 候爵はそう言うなりティーカップに口を付けて視線を逸らした。……ツンデレか???パティスリー・アニエスのケーキってテイクアウトにしても並ばなければならないのに買ってきてもらえるとは。

 ハワード候爵……ブラック企業の上司さながらと思っていたけど案外部下思いの人なのかも。怖いなって思うところもあるけどツンデレと考えればやり過ごせそうだわ。ノアへの束縛強そうだけれども。

 ノアは気さくだし想像していたよりも話しやすい2人なのかもしれない。

 安心感の為か有名店のケーキのおかげか、私はイチゴのタルトを頬張り思わず目を細めてしまう。
 と、そこでハワード候爵が何か思い出したかのような声を上げた。

「そうだ、引っ越しの手伝いを知り合いに頼んでおいた。第二騎士団の団長をやってる奴だから力仕事は全部任せたら良い」

 ……ん?第二騎士団団長ってどこかで聞いたことがあるぞ?

 香りの良い紅茶を優雅に飲みながらも嫌な予感がして頭の中の攻略本をめくる。そして、彼の名前を思い出し口に含んだ紅茶を吹き出しかけてむせた。ノアが背中をさすってくれる。

 前言撤回。なんてことをしてくれたんだこのツンデレ筋肉は……第二騎士団団長といえば攻略対象だ。

 一緒に居るとこ見られてジネットにまた睨まれたらどうしてくれるのよぉぉぉ?!

「ここに迎えに来るよう言づけてある。食べ終わったら帰る準備をしておけ」

 今日中の引っ越しは避けられないようだ。
 やはり、ブラック企業である。
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