うろ覚えの転生令嬢は勘違いで上司の恋を応援する

ここはブラック企業か?

 塔のてっぺん、17階にある小部屋がノアの独房だ。意外にも明るいその小さな部屋に生活に必要最低限の設備が整えられていた。背の高いところに窓が1つあり、そこから陽の光が差し込む。

 私が布団をめくると、ハワード候爵がベッドの上にノアを置く。ノアは汗をかいており、唇がカサカサとしている。拘束の魔法によって熱に中てられたからだろう。私はハワード候爵にノアの看病をすることを伝え、飲み水と身体を拭くものなどを取りに行った。

 水道などは3階にある私の部屋に揃っている。トレーに水差しやコップなどをのせると割と重い。これを持って17階に上がることを考えると口から血を吐きそうな気分になるが、彼の看病も私の仕事だし頑張ろう。

 意気揚々と部屋から出ようとすると、振り返ってすぐ後ろにハワード候爵が立っていた。振り向いた瞬間あの氷のような目が私を捉えていたので本気で息が止まった。

 全然気配無かったのだが?!もしかして忍者から異世界転生した?!せめて何か言って?!

 驚いてトレーを落としそうになったところ、候爵は手を添えて支えてくれた。そして、そのままトレーを取り上げて持って行ってしまう。

「モルガンの処置は私がしよう」
「で、ですが……」

 そう言うのは下っ端の仕事では?と言いかけて気づいた。
 ……今からまたイチャイチャタイムなんですね。野暮なことは聞きません。察します。

「で、では掃除をしてから昼食を取りに行きますね。午後から本の手入れをします」
「うむ。手入れが終わったら蔵書のチェックをしてくれ」

 下の部屋から掃除しよ。そのうちに終わってくれますように……。

 掃除と手入れはいい具合に終わった。昼前に王宮の調理場に行き食事を受け取りワゴンで運ぶ。それらを昼食後に返しに行けば、残るは蔵書チェックだ。
 咄嗟だったとはいえ候爵に生意気な口をきいてしまったため、候爵と鉢合わせしないためにも私は蔵書チェックに没頭した。そうすれば会話イベントは生まれまい。しかしチェックしなければならないのは3階の階段部分から始まる囚人用の本……。

 膨大な数だが王立図書館の蔵書数に比べたら少ないはず!と気楽に考えていたのだが、ノアが適当に戻していたようであちこち整理しながらチェックしていると気づけば窓の外では夜の帳が降り始めていた。
 夕食を取りに行く前に、ハワード候爵に仕事の進捗具合を報告した。
 
「……ふむ、やはり慣れないうちは時間がかかるか。今日中に住居を王宮内の侍女寮に移してくれ。王宮の外にある司書寮から来るよりその方が無駄な時間がかからんだろう。寮の方には私から連絡する」
「きょ……今日中にですか?!さすがに部屋が空いていないのでは……?」
「王宮の施設に限ってそのようなことはない」

 ハワード候爵は紙にさらさらと書きつけて魔法をかける。紙は瞬く間に鳥に姿を変え、候爵が窓を開けると外に飛んでいった。

 有無を言わさずの引っ越し、しかも職場のすぐ近く……ブラックだ。そして私は完全なる社畜だ。
 
 だって忌引きとかの本当に大層な理由じゃないと休みとれないし朝早くから夜遅くまで仕事はあるし……こんなにも福利厚生が悪いなんて本当に窓際席だわ!
 ぜったいにこの1年で評価を上げて王宮図書館に戻らなければ過労死してしまう。

 あーあ、今日はこの左遷初日を頑張った自分へのご褒美で仕事終わりにケーキ食べに行こうと思ってたのにな……。引っ越しになるとそれもできないだろう。

 私は半ばいじけながら夕食を取りに行った。
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