新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
高橋さんが、まだ降り続いている雨の中、助手席のドアを開けてくれる。
昨日までは、何の躊躇いもなく乗っていたこの席。 いつも座っているはずの助手席なのに、座ることを躊躇してしまった。
此処にミサさんも座ったのかなと思うと、すんなり座れない。
「どうした?」
ドアを閉めようと待っていてくれている高橋さんの声が、後ろからした。
「あっ……いえ、すみません」
慌てて傘を畳んで、助手席のシートに座った。
その間も、高橋さんは私が濡れないようにと傘を差し掛けてくれていた。
運転席側にまわる高橋さんをガラス越しに目で追っていたが、どんな表情をしているのか、傘で隠れてしまっているのでよく見えない。
でも、きっといつものようにポーカーフェイスなんだろうな。
運転席のドアを開けて、高橋さんが傘を後部座席に置こうとして私の傘も一緒に持って置いてくれた。
別に、いいのに。
多分、足が濡れるからとか気遣ってくれて、いつものように思って……。
ハッ!
いつの間に高橋さんの行動を、懐かしみながら分析してしまっている。
あんなことがあったばかりなのに……さっきまで苦しくて、辛くてどうしようもなかったのに、会いに来てくれたことが嬉しいと思ってしまっている自分の潜在的意識が、そうさせているのか。 知らぬ間に、先ほどの不安な気持ちも僅かながら取り除いてくれたのかもしれない。 会いに来てくれたというだけで……。
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