新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
ここは、やっぱり明良さんではなく……。
「高橋さん。 3番に、武田さんからお電話です」
すると、高橋さんは、一瞬 「えっ?」 というような表情をしたが、直ぐに明良さんだと理解出来たようだった。
「ありがとう。 お電話代わりました。 高橋です。 どうした? 珍しいな。 直接、掛けてくるなんて……ああ。 大丈夫だ」
明良さんが仕事中に会社に電話して来るなんて、高橋さんも珍しいって言ってるぐらいだから、本当に滅多にないんだろうな。
「分かった。 それじゃ、終わったら寄る。 今日は、救急か?……分かった……分かってる。 病棟な。 それじゃ」
高橋さん。
帰りに、明良さんの病院に寄るのかな。
話の内容が、少し聞こえてしまった。
比較的暇だった今日も定時に終わって、まゆみと30分お茶をしてから家路に着く。
流石に、1月ともなるといくら暖冬とはいえ夜は寒く、シャワーだけだと温まらない日も多い。
今日は、早く帰れたのでゆっくりと半身浴をしながら、のんびり湯船に浸かっていた。
ピンポーン。
お風呂から上がってテレビを見ながら気持ちよくて、うとうとしてしまっていたらしい。 
インターホンの音に、驚いて飛び起きた。
時計を見ると、23時10分。
嫌だ。
こんな時間に、誰だろう?
インターホンの受話器は取らずに、恐る恐る静かに玄関まで行ってドアスコープを覗いた。
エッ……。
ドアスコープを覗いた右目に入ってきたインターホンを鳴らした人は、高橋さんだった。
こんな時間に、どうしたんだろう?
慌ててチェーンを外して、ドアを開けた。
「高橋さん! どうしたん……ですか?」
目の前に立っていた高橋さんは、まるで別人のようで思わず言葉が途切れてしまった。
いつものオーラがない。
何だか顔色も悪く、瞳は何も映してないような覇気のないうつろな目をしている。
「大丈夫ですか? 何だか、顔色悪……」
高橋さんが、いきなり強く抱きしめた。
く、苦しい……息が……出来ない。
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