13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
「うわぁ〜すっごく綺麗ですね!」

 ベロニカが感動したように声を上げる。
 ベロニカの目の前には月の光を受けて淡い光を放つ小さな花が絨毯のように広がっていた。

離宮(うち)の敷地内にこんな場所があったなんて知りませんでした」

 基本的に夜は出歩きませんしと言うベロニカは、よく見つけましたねと伯爵の顔を見て笑う。

「月光草のモデルになった植物です。まぁもっとも、これから取れるのは万能の薬ではなく毒物ですが」

 発光している花弁に微量の毒があるんですと伯爵はいつもと変わらず淡々とした口調で解説する。

「光に吸い寄せられて寄ってきた虫なんかを捉えて養分にしてしまうなかなか強かな植物ですよ」

 見た目の可憐さとは裏腹にこの花はなかなか獰猛なようだ。

「まぁでも共栄共存の一面もあって、穀物類と一緒に植えておくと作物を害虫から守ってくれたりします」

 なのでうちの領地には意図的に植えてありますと伯爵は説明する。

「伯爵、詳しいですね。植物の研究もしているのですか?」

「研究、というよりもうちの領地に使えそうなものがないか探している上で知っただけのただの知識です」

「領地の?」

 ベロニカは金色の目を瞬かせ不思議そうに首を傾げる。

「うちの領地は本当に何にもなくて。土地も痩せていて作物も育ちづらい。領民を飢えさせないための方法は何かないかと試行錯誤してる最中なんです」

 淡々とそんなことを話す伯爵の横顔見つめながら、たった5つしか変わらないこの人は一体どれだけのものをその肩に背負っているのだろうと、ベロニカはそんなことを考える。

「伯爵は偉いですね。家族のために働いて、領民ために知恵を絞って、自分で作ったわけでもないのに借金まみれの伯爵領をなんとかしようといつも誰かのために頑張ってる」

 王族、なんて名ばかりで何一つ責務を果たさない自分とは大違いとつぶやいたベロニカに、

「俺はそんな立派な人間じゃありませんよ」

 伯爵は小さく苦笑する。

「俺はただ、自分の無関心が招いた事態の責任をとっているだけ……いや、きっとそんな立派なものでもなくて。多分、これは自己満足で独りよがりな贖罪です」

 隣から降ってくる静かな声に耳を傾けて、ベロニカは猫のような金の目を瞬かせる。

「うちの領地で、たくさんの人が死にました。どうにもならないほど行き詰まる前に気づくタイミングはいくらでもあったはずなのに、取れた対策はきっといくつもあったのに、俺達(伯爵家)は……俺はなにもしなかった」

 その結果、ストラル領で失われた多くの命。その中には伯爵の父親や弟妹の実母も含まれる。

「上に立つ者であったなら、無知はそれだけで罪深い。そして、無関心は人を殺せる」

 過去は変えられない。
 どれだけ悔いても、嘆いても。
 失ったものはもう、元には戻らない。

「俺は、無関心であることが怖いんです」

 知らせを受けるまで、領地の状況を顧みた事など一度もなかった。
 遠く離れた安全な王都で、自分の事以外無関心であったそれはまだ爵位を継ぐより前の自分。

「だから、俺は多分今よりちょっとでもマシな人間になりたくて、あらがっているだけなんです」

 時間を巻き戻すことなどできないから。
 だから、せめてこれから先は、同じ過ちを繰り返さないように生きるのだ。
 それがきっと、残され、託された自分にできる精一杯なのだから。
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