聖女がいらないなら、その聖女をボクの弟のお嫁さんにもらいます。そして王国は潰れ、ボクたちは幸せになりました、とさ。

アストリア王国編 前編


「……ヨシュア」
「あ、姉さん」

 キラキラと目を輝かせながら柱の隅に隠れるようにしながら居る青年の姿を見つけた少女は、その名を呼ぶ。彼の名はヨシュア。そして、ヨシュアに『姉さん』と呼ばれた少女の名はリュシア。
 ある舞踏会に招かれた二人だったのだが、ヨシュアは相変わらず影に隠れて生きているような存在であり、そんな彼を光の元へ出すために、お目付け役としてリュシアが居るのだ。
 相変わらず怯えるようにしながら柱に隠れているヨシュアに対し、ため息を吐きながら彼女は引っ張るようにしながら何とかヨシュアを影から光ある場所に出す。

「うわ!まぶしい!!」
「まぶしいって……今回の夜会は、お前が参加したいと願ったからでしょうが?」
「だ、だって……ほら、あそこ……あそこに聖女様……エステリア様が居るんだよ……見てみたいと思わない?」
「思わない」
「酷い!姉さん酷いよ!!」

 そのように言いながら姉のリュシアにしっかりとしがみつくようにしながら泣き始める大きな青年に対し、リュシアは苛立ちを覚えながら背後にいる一人の男性に視線を向けると、彼は静かに頷くようにしながらリュシアに抱き着いて離れなかったヨシュアを簡単に引きはがす。

「やりすぎです、ヨシュア様」
「リューッ!だって……憧れる人が居たら、影ながらこっそり見守っていきたいだろう?」
「ヨシュア様、それはストーカーと言う犯罪に手を染める前の人間の言葉です」
「弟がストーカーになったら流石に嫌だぞ、おい」
「ひ、酷いよ二人とも!?」

 そこまで言われるとは思っていなかったらしく、涙目になりながらリューと呼ばれた男性から離れたヨシュアはそのまま、ゆっくりと、影に隠れるように再度先ほどの柱に向かっていく。
 まずいと感じたリュシアがリューに目を向ける。

「ヨシュア、今日はお前の我儘でここに来たんだぞ。ボクより背が高いし、ボクより身長や成長が早いのに、そんな事を言うんじゃない」
「ね、姉さん……」
「どっちかって言うと、外形だとボクの方が妹に見えるよ、きっと」

 ため息を吐きながらリュシアは笑いつつ、そのまま先ほどの聖女と呼ばれている少女、エステリアに視線を向ける。
 何処か寂しそうな顔をしながら黄昏ているような顔をしているエステリアの姿に、ヨシュアはジッと見つめるばかり。

 アストリア王国の『聖女』、エステリア・シャーロット。
 彼女はこの国を守るために『聖女』として選ばれ、毎日のように祈りを欠かさず、人を癒し、天使のような存在だと噂されている美しい少女だ。
 しかし、リュシアにとっては、彼女はある意味『天敵』と言っていい存在なのかもしれない。
 今回、ヨシュアがどうしてもエステリアに会いたい、一目見たいと言う事で護衛のリューと一緒に、何とか招待状を手に入れ、この中に入る事が出来たのだが。

 リュシアは貴族と言う存在が嫌いだった。もちろん、王族と言う存在も嫌いだ。

 彼女の周りには、『悪意』と言うモノが飛び交っている。人々の『悪意』と言うモノが黒い煙のような形になってリュシアの目に映っており――この世界はそういう『世界』なのだと、わかっていたはずなのだが、相変わらず慣れないでいる。
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