聖女がいらないなら、その聖女をボクの弟のお嫁さんにもらいます。そして王国は潰れ、ボクたちは幸せになりました、とさ。
「どーどーヨシュア。顔面やばいぞ?」
「は、放してください姉さん!ぼ、僕のエステリア様をあのように侮辱するなんて……殺してさらし首にしてやる!」
「ヨシュア様、そんな事をするのはまだ早いです。まず、相手をじわじわと追い詰めてから最後にポキっとやるのが面白いんですよ」
「リュー!良い事言うね!」
「ちょ、リュー!ヨシュアに変な事教えないで!こいつは冗談と言うのが通じないんだから!!」

 明らかにリューが言った言葉を実現しようとしているヨシュアを必死で止めながら、リュシアは青ざめた顔になりながらも二人に対して否定する。
 ヨシュアは昔から冗談が聞かない性格で、しかも敬愛しているエステリアに対して今、この場で偽りの断罪が行われようとしているのだから、手を出したくなるのも無理はない。
 リュシアは周りに視線を向けるが、エステリアを助けようとしている者たちは居ない。
 相手は王太子だからなのかもしれない。逆らったら何をされるかわからない。

「……」

 リュシアはヨシュアの両手を抑えつつ、エステリアに再度視線を向けるが、彼女は一瞬戸惑った表情をしていたが、その後しっかりと目の前の王太子であるオスカーを見ていた。
 怯える事なく、まっすぐと、静かに。

「……ふーん、良い目、してるじゃん」

 リュシアは静かに笑いながらエステリアがどのような対応をしていくのか、見届ける事にした。

「――……オスカー様、理由をお聞きしてもよろしいですか?」

 彼女は透き通った声をした女性だった。
 凛とした姿に、誰もが見とれてしまう程、綺麗な女性だと言っていいのかもしれない。
 ヨシュアがその場で倒れそうになったのをリューが支えながら、リュシアが静かにエステリアを見つめる。
 その視線に気づかないエステリアは泣く事も喚く事もせず、王太子であるオスカーの返事を待った。

「僕は元々、君の事が気に入らなかった!しかし、僕は真実の愛に目覚めてしまった……可憐で、美しい彼女こそ、僕の妻になるのにふさわしい相手だ!」
「……で、私が偽りの聖女だと言うのはどういう意味でしょうか?」
「エステリア、君は僕の愛しいサシャを影でいじめていたそうじゃないか!そんな悪しき心を持つ女など、聖女ではない!同じ光魔法が使える彼女こそ、聖女にふさわしい!」
「そんな、オスカー様ァ……」

 悲しそうな顔をしながら居る隣の女は、そのままエステリアを見て笑っている――これはどうやらサシャと言われている女の策略なのだろうと理解した。

 この世界では光魔法が使える人たちは数少ない。
 その中で随一力があるエステリアが、この国の聖女に選ばれたと聞いた事があるのだが、リュシアが見る限り、サシャと言う女より、エステリアの方が力が強いのは間違いない。彼女の瞳がそのように言っているのだから。
 そして、そんなエステリアの前で婚約者であるオスカーはサシャと言う女性とイチャイチャラブラブしている姿があり、気持ちが悪い。

「……嫌なら嫌だって言えば……ヨシュア、唇それ以上噛むと血が出るぞ」
「だ、だってね、姉さん!あ、あの男……アイツがぁ……」
「はいはい、落ち着いてねヨシュア……」

 落ち着いたと思ったら再発してしまったらしい。
 リューがしっかりとヨシュアを抱きしめるようにしながら拘束している姿を確認し、リュシアは再度エステリアに目を向けるが、エステリアは全く顔色変えずに立っている。
 しかし、リュシアは気づいてしまった。

 エステリアの手が、静かに震えているのを。

「……」

 エステリアに声をかける人たちもいないし、助けようとしている人たちも居ない。
 彼女は、この国の聖女と言う肩書を持ち、お勤めだってしっかりとしている、心が綺麗な存在だ。そんな美しい女性を放っておいたのは王太子であるオスカーと隣に居るサシャと言う女性だ。
 彼女はこのままどうなってしまうのだろうかと考えたと同時、静かにリュシアは笑みを浮かべた。

「……リュー、ヨシュアの拘束解いて」
「リュシア様?」
「え、ね、姉さん……?」

 拘束を解かれたヨシュアは、姉の様子がおかしい事に気づいた。
 震えるながら姉に問いかけるヨシュアに対し、彼女は悪人面を見せながら、二人に命令する。

「リュー、この国はもうエステリアの事はいらないって言う事だよね?」
「……考えれば、そうかもしれないですね」
「ヨシュア、お前、エステリアの事、大好きだよね?」
「そ、そりゃあ憧れているし……え、ちょ、待って、ね、姉さん何を考えてるの?」

 ヨシュアは姉が考えている事に少しだけ気づき、これは止めなければならないとリューに視線を向けたが、リューはヨシュアの言う事なんて絶対に聞いてくれない。
 彼は、リュシアの命令のみ、動く存在なのだから。
 青ざめた顔をしながら、もう一度姉に言おうとした時――既にそれは遅かったことを知る。

「リュー」
「はい、リュシア様」

「――元の姿に、戻ってくれる?」

 笑顔でそのように発言した彼女に、ヨシュアはこの世の終わりを感じたのだった。

< 3 / 11 >

この作品をシェア

pagetop