桜ふたたび 前編
『ミオ、笑って』

『スマイル、スマイル』と、頬に人指し指を当てられて、澪の硬かった表情が和らんだ。彼にかかれば千世でなくても、瞳に星を輝かさない女性はいないだろう。

短い曲が終わった。

澪が席に戻ったのと同時に、ジェイは席を立った。

“先に失礼する”

状況が把握できずまごまごする澪を、ジェイは腕を引き上げて急かしている。

“そうか? 俺はもう少し呑んでいる”

アレクは椅子を回転させ右手を差し出した。

“今夜は愉しかった。また時間ができたら連絡してくれ。期待はしてないが”

それからアレクは澪に笑顔を向けた。

澪が笑顔で右手を差し出すのを、アレクがしめたとほくそ笑んだのが先か、ジェイがしまったと手を伸ばしたのが先か、次の瞬間、澪は握った手を体ごと引き寄せられて、あっという間に無防備な唇を掠め取られていた。
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