桜ふたたび 前編

4、Don't cheat on me

澪はすっかり困惑していた。
ジェイは背中を向けたまま、ホテルの部屋へ戻っても口を開かない。何が彼を怒らせたのか、さっぱりわからない。

バーで飲みはじめたときは上機嫌だった。
アレクに話しかけられて、そのあたりから急に不機嫌になった。

彼の友人に嫌われまい、彼に恥をかかせまいと、精一杯愛想をしたつもりだったけど、あのとき英語が聞き取れず、誤魔化してしまったのが悪かったのだろうか。ヘラヘラ笑うのは日本人の悪癖だ。

「あの、すみませんでした」

おずおずと顔色をうかがう視線を遮って、上着が乱暴にソファーへ払い投げられた。

「ジェイ?」

首元を緩めながら振り返った顔に、澪は竦み上がった。まるで飢えた獣のような目。
いきなり腕を鷲掴まれ、驚いた澪が逃れようとしたことが、ますます刺激してしまったのか。ジェイは無言で彼女をソファーに突き倒すと、背中をバウンドさせる体に、すかさずのし掛かってきた。

「待って!」

制止を無視して、ジェイは澪の両手を片手で拘束し、荒々しく唇を重ね、強引に下着を剥ぎ取ろうとする。
澪は身を捩って足掻いた。けれど男の力に敵うはずがない。

「お願い……やめて、ください……」

ジェイの動きが止まった。
アースアイは狂気の朱色を滲ませ、澪を見下ろしている。奥歯を噛みしめた唇は憎々しげに歪んでいた。

コンと乾いた音を立て、ハイヒールが片方、床に落ちた。
次の瞬間、澪は苦悶の呻きをあげた。
< 110 / 298 >

この作品をシェア

pagetop