桜ふたたび 前編
《どこで見つけてきたんだ?》
《何を?》
《お前の天使》
ジェイは少し身構えて、
《京都だ》
アレクは、森林の香りがする煙をゆっくりくゆらせた。
ジェイは、ロックグラスを揺すった。カラン、と丸氷が鳴いた。
アレクはにわかに目を輝かせ、片肘をテーブルにつき、澪に向かって身を乗り出した。
『来週日曜、京都でミュージアムの記念式典がある。どうだろう? そのあとディナーを一緒に?』
笑みを作って小首を傾げる澪に、アレクが小躍りしかけたとき、
《だめだ》
アレクは、驚いた、とジェイを見た。
彼は反論を拒むように、マッカランのグラスを傾けている。
《お前からそんな言葉を聞くなんて、信じられん》
今まで散々、ラブアフェアを共有してきたのだ。
互いに財力も地位もある。そのうえ美貌まで具えているとあっては、言い寄る女は後を絶たない。
むろん、両名とも健康で正常な男性だから、目の前の名花は喜んで摘ませていただいた。
ただ一つ、肝心なポイントで、ふたりの意見は違っていた。
アレクは、関係した女性すべてに、それなりの恋愛感情を持っていた。
〈セックスは恋の重要なスパイス〉それが彼のポリシーだ。たとえ泡沫のような想いであっても。
だがジェイの場合、そこに愛情は介在しない。あるのは打算と性欲だけ。
〈セックスに理由は必要ない。時間の無駄だ〉と彼は言った。いや、彼に棄てられた女から、そう言ったと聞かされた。
誠意もリスペクトもない。彼の方がよほどひとでなしの女たらしだ。