桜ふたたび 前編

2、恋バナ

「ああ、お腹すいたぁ!」

紅殻格子のお茶屋の風情を残したイタリアンレストランに、千世は相変わらず遅刻してやって来た。
席に着くなり店員を呼び、てきぱきと注文をはじめる顔が、少しふっくらして見えるのは、また最新のダイエット方法に飛びついてリバウンドしたのだろう。

「せっかくやしワイン頼もうよ? 〝ヴェッローナの王様〞」

澪はお冷やのグラスを持ったまま硬直した。
待っている間は緊張して身構えていたのに、千世のペースに気を抜いてしまっていたので、背後から首を絞められたような気分だった。

「ヴェルポリチェッラでしょうか?」

「そうそう、そんなんやった」

適当にあしらったのは、早く本題に入りたくてうずうずしているのか。
そのくせもったいつけた話の接ぎ穂が、澪には最悪だった。

「プリンス、元気にしてはるやろか?」

早すぎる展開に、まさかとうに知っていて、その件で呼び出したのかと顔が引きつった。

千世とは、祇園祭の前に会ったきり、不思議とメールもこなかった。
いつかいつかと思いながら、こちらから連絡をする勇気もなくここまで来てしまったけれど、審判の日を先延べしても、後ろめたさは募るだけ。時間が経てば経つほど、罪は大きくなる。今夜こそ打ち明けなければと、澪も覚悟して来たのだ。

「何? 変な顔して」

テーブルの下で握りしめた手のひらに汗をかいている。でも、切り出すには今しかない。
千世のおしゃべりも右から左に、澪は言葉を選び、唾を飲み込んで、何とか声を絞り出した。

「ごめん……千世……」

「何が?」

まともに千世の顔が見られない。

「なんや、澪、ちょっと雰囲気変わった? なんやろ? 明るなったみたい。メイク、変えた?」

言われて頬に手をやる澪を、千世はじっと見つめて、

「て、言うか、その指輪、どうしたん?」

澪はギョッとした。
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