桜ふたたび 前編
「彼もきっと考えてくれているんじゃないかな? 千世のこと一番大切にしているひとだもの」

「そやろかぁ。でもなぁ、ちょっと頼りないんよ、うちのダーリンは。あんたのプリンスと違うて。まあ、比べる方が間違うてるか。しょせん田舎の蔵元と世界のAXではねぇ」

千世は大袈裟に言うけれど、ジェイが住む世界は実力主義。いくら父親が偉くても、能力が無ければ切り捨てられる。
それに、澪は知っていた。彼が誰よりも必死に飛び続け、今のポジションを守らなければならない、理由を。

「え? ってことは、その指輪の送り主って、プリンスってこと? まさかほんまもんの○ルガリ〜?」

千世はいまさらながら驚いて、突然思い当たったように、

「ほな、もしも、もしもよ、澪とプリンスが万万が一にも結婚ってことになったら、うちもセレブのお友達になれるってことぉ? うひゃぁぁ!」

カシャン。隣の席でフォークが床に落ちた。

騒がしくてすみませんと頭を下げる澪の手を、千世は前のめりになって掴んで引き寄せ、そして目と目を近づけて、

「この際、勘違いでもなんでもええわ、ひょうたんから駒ってこともあるしな」

真顔で言う。
それから澪の両手を両手でがっちりと握りしめ、

「うち、断然応援したるさかい、あんた、玉の輿目指しておきばりやす!」

勝手な妄想を爆発させる千世に、澪は苦い愛想笑いを浮かべた。

澪の中に〝結婚〞という単語は欠落している。千世の結婚を心から祝福し、菜都の家庭を羨ましくは思うけれど、自分が誰かと家庭を築くことは生涯ない。

「て、言うか、澪、ほんまのほんまにプリンスとつき合うてるの?」
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