桜ふたたび 前編
Ⅶ 罪と罰

1、木屋町

「母さん、電話したんやて? いちいち澪に愚痴るな言うてんのに」

木屋町のレゲエミュージックが流れる洋風居酒屋で、不貞腐れたように唇を尖らせているのは、澪の弟、悠斗だ。

父親譲りのハーフっぽい甘いマスクに、長身でしっかりとした骨格に柔らかな筋肉がついた体躯。スポーツマンとして恵まれた素質と努力によって、サッカー選手として幼い頃から注目され、ジュニアユースからJユースへ昇格しJリーガーを目指して活躍していたのに、車の追突事故に巻き込まれ、夢を諦めざるを得なかった。

それでも絶望の底から立ち直り、今は大学のフットサルサークルで活動している。その強い精神もスポーツで鍛え上げられたのだと、澪は思う。

ここはサークル仲間行きつけの店らしい。巨大な椰子の木や、トロピカルなサーフボードや、鮫のレプリカや、気色の悪い呪い人形などが乱雑に置かれ、ただでさえ狭苦しいのが、臨席と肩がふれあうほどせせこましくなっている。客は二十代の女学生から八十代のお爺さんまでと様々だけど、みな一風変わったファッションセンスの持ち主で、それが妙に黄色く薄暗い照明とマッチしていた。

「悠ちゃんのこと心配しているのよ」

「そやからや。いったい、いくつやと思ってんねん?」

「いくつになっても、アタシの子だって」

「うざっ」

澪は羨ましさを滲ませて苦笑した。悠斗は母からも父からも愛されている。

「澪もさぁ、電話なんか無視しとけばええのに。母さんのストレス発散にサンドバックにされるだけやん」

「うん……、でも」

「出なけりゃ、出るまでしつこいか。ありゃ、病気だね」

悠斗は軽く言う。そこには肉親に対する気兼ねのなさがあった。きっと、弟の方がふつうなのだ。
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