桜ふたたび 前編

「母さんの気持ちも、わからんでもないけどな」

澪はハッと顔を上げた。

「僕がサッカーできひんようになったから、よけいに意地になっとる。ええ加減、子どもを政争の具にするのはやめて欲しいよな」

言った本人はけろりとしているが、訊いた方は衝撃だった。

「そんなふうに思って、サッカーしてたの？」

「父さん、僕がサッカーしていると、めっちゃ機嫌よかったやん？　ゲームのたんびに応援に来てたし、自分が果たせへんかった夢を、僕に託しているようなとこあった。そやから母さんは必死やったんやなぁ。
正直、選手生命を絶たれたとき、ほっとしたんや。これで親のためにサッカーせんでええんやって」

澪は愕然とした。

悠斗は、生まれたときから佐倉家の跡取りとして両親の元で大切に育てられ、母も彼には決して手をあげなかった。
才能に恵まれ、まわりからも応援され、好きな道をまっすぐ進める彼を、澪は眩しく思っていた。

けれど、彼は彼なりに、期待に応えることで両親の愛を得ようとしていたのか。

「本当は、サッカー、好きじゃなかったの？」

悠斗はあっけらかんと笑った。

「好きやったよー。今でもフットサルのサークルに入ってるしな。
でも、Jリーグに昇格する自信なんかなかった。それに、学校とグランドしか知らん青春なんて、ほんま味気ないもんや。寮に帰ったらへとへとで、結構モテたのに、カノジョも作れへんかったんやから」

陽気で人を笑わすことが大好きな弟が、U-12にあがったころから、何かに急き立てられるように苛ついていた。過酷なポジション争いに、疲れていたのかもしれない。

「そう……、悠ちゃん、しんどかったのね……」

「まあね。澪ほどやないけど」

カリブの陽気な雰囲気には不釣り合いな、空虚な沈黙が流れた。

澪は、不運な巡り合わせをつくづく憾んだ。
もし、母が父と出会っていなければ。もし、璃子があのとき留学していなければ。もし、澪が生まれてこなければ……。

きっと父と璃子は幸せな家庭を育み、母もまた、違った人生を歩んでいただろう。
子どもたちも、もっと子どもらしい幼少期を過ごせたかもしれない。

粉飾と諦念のうえに築かれた家庭は、幸福とはいえない。
せめて悠斗と悠璃には、嘘のない家庭を築いて欲しいと願う澪だった。