桜ふたたび 前編
やがて日が暮れて、ジェイたちは、宿木の下、窓に向かって置かれた三つのソファーに河岸を移していた。

澪の肩を抱きながらアマーロのグラスを手にゆったりと寛ぐジェイ。ルナとアレクは優雅な手振りを交えて愉しげに談笑している。硝子に映る様子はまるで神話の神々のようで、誰もがうっとりと見惚れている。
ひとり場違いな村娘が混ざっているけれど、そんな存在さえ目に入らなくなるほど、彼らの放つ光は眩い。

突然、空気がざわついた。
何事かと首を回すと、驚愕と敬服と反感の混ざった視線が、ひとりの女性を追いかけていた。

完璧にセットされたくすんだ蜂蜜色の髪、タイトなワンピースにパリッとしたジャケットを羽織り、ピンヒールの乾いた音を立てながらまっすぐこちらに向かってくる。
胸元のカトレアのようにエレガントなのに、はったエラと魔女鼻のせいかどこか潤いに欠けた顔立ちで、表情は氷の女王のように冷たい。

“Buon Natale”

席を立つジェイの声に、澪がはじめて耳にする弾んだ緊張感があった。

ジェイはご婦人の頬に礼儀正しく頬を寄せている。
アレクまで別人のように畏まって、彼女の手の甲に恭しくキスをしている。
それなのに、なぜかルナだけは、ソファーの背もたれに隠れるように身を屈めていた。

『当家のホームパーティーなどに来ていただいて、ありがとう。薔薇も百合もありませんが、どうぞ楽しんで』

機械で合成したような、抑揚を抑えたひんやりとした声。
ぷっと笑いが漏れた。しまったという顔で、ルナが口を塞いでいた。

『ルナが来ていると聞いて、Porto Anticoで開催される会議のついでに寄ったのだけど、あなたは母に挨拶もできないのかしら?』

ガラス窓に反射している姿に、戒めとも蔑みともつかない顔を向けて言う彼女は、マティルダ・アルフレックス(マティー)。ジェイたちの母で、AXホテルグループの会長、AXの実質No.2だ。

ルナは苦々しく頬を歪めている。
しかし、負けを認めたように立ち上がったときにはまるで別人の顔。麗しいレディの立ち振る舞いで、母の頬にキスをした。

ふと、ハシバミ色の瞳が澪に向いた。瞬間、彼女の片頬が微かに痙攣したように見えた。

『彼女は、私の友人の澪です』

紹介されるとは思いもしなかった澪は、動転しながら席を立ち、その場で腰を折った。

返礼はない。

尊大な横顔、背けた顎と筋張った首のラインが、拒絶を示しているように見える。
ここにいる誰よりも気高い彼女にとって、こんな貧相な客は目の穢れ、と言うことだろう。当然だ。澪自身、浮いていることを自覚して決まりが悪い。

マティーは、澪の存在を排除するように、冷たく踵を返した。
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