桜ふたたび 前編

澪が、チョコレート入りブリオッシュの甘さを持て余しながら、ようやく半分を食べ終えたころ──
静寂を破って、扉が派手な音を立てた。

『ジェイ！』

明るい声とともに現れたのは、メイプルシロップ色のベリーショートを揺らす女性。
スキニージーンズにマニッシュなショートブーツ。ニットの首元にたっぷりとストールを巻いて、フェミニンでとてもおしゃれ。

彼女は清風のように軽やかにジェイの元へ走り寄り、体を屈めてチュッチュッと頬と頬とを合わせると、彼の肩に片手を置いたまま、顔だけをやおら澪へ向けた。

『誰？』

『Mio。私の恋人』

女は大きく目を瞠り、それから明け透けに腹を抱えて笑い出した。

ジェイの怪訝な視線に、いったんは笑いを収め、折った人差し指で目尻を交互に拭ったが、堪えきれないとばかりに吹き出してしまい、あわてて口に拳を当て肩をふるわせている。

ようやくゴホンと咳をひとつ。真面目な顔をつくったけれど、その目はいたずらっ子のように輝いていた。

──なんで笑われてるの？

困惑する澪を尻目に、彼女は素早くテーブルを廻り、

「私はルシアーナ、ジェイの妹よ。ルナと呼んで。──会えて嬉しいわ、ミ・オ」

イントネーションに少し癖がある日本語で、言うが早いかいきなり片腕で澪をハグ。

澪は面食らった。スマートな体のどこにそんな力があるのかと思うほど、意外な腕力だった。

それに、ジェイに兄がいるとは聞いたけど、妹がいるのは知らなかった。
そう言われれば、鼻筋の通った端正な顔立ち、銀嶺のように輝くアイスグレーの瞳の目元は、ジェイとよく似ている。

ルナは、軍旗を掲げるジャンヌ・ダルクのように、背後に隠し持っていたボトルを高らかに掲げた。

『クリスマスの戦利品』

澪の隣で椅子を引こうと構えていたインパラ給仕が、アッと仰け反った。

《それは旦那様の秘蔵品でございます》

『どうせ帰ってこないんだから、ばれやしないわよ』

インパラが両手を前にあたふたしている。
ルナは悪魔のような冷笑を浮かべてさっさと着席すると、うざいとばかりに手で逐った。

こういう不遜な態度も、なぜか許されてしまうところ、間違いなく兄妹だ。