桜ふたたび 前編
日が暮れかかっても、ヴァッカスたちの宴は終わらない。
あちらからもこちらからも、愉しげな会話と笑い声が続いている。
ジェイたちは、宿木の下、窓辺に置かれた三つのソファに、河岸を移していた。
アマーロのグラスを手に寛ぐジェイ。
ルナとアレクは身振り手振りを交えて、談笑している。
硝子に映る光景は、まるで神話の美しき神々のよう。
ジェイは会話の相手によって、自然に言語を切り替える。
今も、英語で話しながら、アレクにはイタリア語で、澪には日本語で受け答えしていた。
どうしてそんなに上手に使い分けられるのか尋ねると、〈意識してない〉と当然顔で答えた。
きっと彼は、脳の構造自体が、澪たち凡人とは違うのだろう。
そのうえ、さっきは飛び入りで歌い始めたアレクに駆り出され、見事にヴァイオリンで伴奏してしまうのだから、神様は人によって二物も三物も与え給うのだ。
──なにも与えられなかった役立たずの人間もいるのに……。
澪の心が沈みかけたとき──突然、空気がひりついた。
振り返ると、人々の視線が、ひとりの女性を追いかけている。
敬意、驚愕、そして──嫉妬の混ざった視線だ。
完璧にセットされたくすんだ蜂蜜色の髪。タイトなワンピースにパリッとしたジャケットを羽織った淑女が、ピンヒールの乾いた音を立てながら、まっすぐこちらに近づいてくる。