桜ふたたび 前編
《Buon natale.》
立ち上がったジェイの声に、弾んだ緊張感があった。
──ジェイのお母様?
胸元に飾られたカトレアのようにエレガントなのに、張ったエラと魔女鼻のせいか、どこか潤いに欠けた顔立ち。
表情は氷の女王のように冷たい。
ジェイは、彼女の頬に礼儀正しく頬を寄せる。
アレクもまた、別人のように畏まって、その手の甲に恭しくキスをした。
それなのに、なぜかルナだけは、ソファの背もたれに身を隠している。
『当家のホームパーティーなどに来ていただいて、ありがとう。薔薇も百合もありませんが、どうぞ楽しんで』
抑揚のない、機械音声のような声。
どこか合成されたような冷たさに、思わず澪は身震いした。
「ぷっ」
押し殺した笑いが洩れる。
しまった、という顔で、ルナがあわてて口を塞いだ。
『Porto Anticoでの会議まで時間があるから寄ったのだけど……あなたは、母に挨拶もできないのかしら?』
ガラス窓に映る娘に向けられた、戒めとも蔑みともつかない視線。
ルナは苦々しく頬を歪めた。
しかし、観念したように立ち上がったときには、まるで別人。麗しく洗練されたレディの所作で、その頬にキスをした。
ふと、ハシバミ色の瞳が、澪に向けられた。
刹那、彼女の片頬が微かに痙攣したように、澪には見えた。
『彼女は、私の友人の澪です』
図らずも紹介され、澪は動転しながら席を立ち、その場で深々と腰を折った。
──返礼はない。
尊大な横顔、背けた顎と筋張った首のラインが、拒絶を示しているように見える。
ここにいる誰よりも気高い彼女にとって、こんな貧相な客は、目の穢れなのだろう。
『クローゼの件、頼みましたよ』
そうそっけなく言うと、彼女は澪の存在を排除するように、冷たく踵を返した。