桜ふたたび 前編
さんざめく笑い声に、澪は気を失いかけた。

蔦が絡まる石造りの小さなレストランは、客がすし詰め状態になっている。
半分は無理にも椅子にありつき、半分は立ったまま、誰も上機嫌で、なぜかみな盛装していた。

女は相変わらず眉間に皺を寄せ、どんちゃん騒ぎをずいずいかき分け、澪を店の奥まで連行すると、芸術家風のワンレングスの若者に耳打ちをした。

男は二度、三度頷いて、澪に訝しげな顔を向けた。

「何かお困りですか?」

日本語だった。顔も紛れのない東洋人、いや日本人だ!

あ……あ、と情けない声を発して、澪はへなへなと腰砕けになった。

「大丈夫ですか?」

男に助け起こされ、澪は何とか止まり木に腰を降ろした。人買いに連れて来られた少女の気分だったけど、地獄で仏とはこのことだ。

「どうしました?」

「すみません……。スリに遭って、追いかけているうちに道に迷ってしまって……」

「ここは、一本道を違えると物騒な町ですから。まぁ、外国での若い女性の独り歩きはやめておいた方がいい。襲われなかっただけでもラッキーだと思わないと」

少し投げやりな、責めるような口調。言いながら背後を目で探っていた男は、突然、拳を突き上げて、

“Marco!”

のっそりと酔客の間からむくつけき男が現れた。
せっかく仏様に会えたと思ったのに、息つく暇もなく閻魔大王に引き渡されるのか。やっぱり世のなか甘くない。

「彼はカラビニエリ、つまり憲兵警察だから」

そのうえ憲兵と聞いて澪の怯えは増すばかり。
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