桜ふたたび 前編
どうにか彼を説得できないかと、澪が頭を巡らす前に、ジェイは先手を打つように、肩を抱き寄せ耳元で囁いた。
「一緒に来るなら、ホテルに泊まれる」
澪は首を振った。
それは昨夜も断った。
一緒にいたいのは山々だけど、足手まといになるのは目に見えているし、絶対仕事の邪魔になる。
「残念だな。私は片時も離したくないのに」
言いながら、ジェイは澪の手の甲に口付けて、手首を啄むようにキスしはじめた。
イタリアに来てから、ジェイの距離が異常に近い。
腰を抱くのはもちろん、人前でも平気でキスする。ふたりきりになると、必ず体を寄せてくる。
はじめのうちは恥ずかしくて逃げてばかりいたけど、ここはイタリア。──郷に入れば郷に従え。
それに、澪もほんとうは嬉しい。
ただ……自分の体が、どんどんいやらしくなるようで、戸惑っているだけ。
彼に甘く名前を囁かれるだけで、はしたなくもカラダが潤んでしまうのだ。
「食事中ですよ」
「うん。私も澪を食べている」
そう言って、肘窩を喰む。
甘美なうずきが、あっけなく澪の理性を追いやった。
そのとき、威勢のよいドアの音。
せっかくの平安のひとときを壊されて、ジェイはチッと舌を鳴らした。
姿を見なくても、犯人は知れていた。