桜ふたたび 前編

2、誤解

屋敷に戻った澪は、コートも脱がずにベッドへ倒れ込んだ。

それほど呑んではいないはずなのに、気怠かった。寒気もする。
ルイーザのF1レーサー並みのドライビングテクニックに、車酔いしたのもあるけれど、雨に濡れたまま冷たい風に当たっていたから、芯から冷えてしまったようだ。

熱いシャワーでも浴びようと体を起こしたとき、テーブルの上で耳慣れたメロディーが鳴った。

──わたしのスマホ? 何で?

狐につままれた思いで確認すると、ジェイからだった。

「遅い」

すこぶる機嫌が悪い。

「すみません。あの、道に迷ってしまって……」

圧迫するような間があった。

「ボディガードは解雇した」

「え? どうして?」

「バールで酒を呑んでいた。重大な契約違反だ」

「あ、でも、わたしがいいって言ったんです。言葉が通じないし、美術に興味もなさそうだったし、気を使わずにゆっくりと見学したかったから。迎えの時間も、きっと、英語を言い間違えて──」

「そのせいで、君はバッグを盗まれ、道に迷ってBirreria(ビアホール)で保護された」

「な、何で知ってるんですか?」

「カラビニエリからファビオに連絡があった」

なるほど、それでスマホが戻ってきていたのか。イタリアの警察は優秀だと感心する澪に、ジェイはいきなり語気を強めた。

「なぜすぐ連絡しなかった。そのうえ見ず知らずの男に家まで送らせるなんて、君はバカか!」

「あ、でも、日本人だし、親切ないいひとですよ」

ジェイは危うく声を張り上げるところだった。
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