桜ふたたび 前編

「憲兵って言っても軍所属なだけで、日本のお巡りさんと同じです。
ええっと、まず名前か……。僕は橘英貴、こっちではヒデと呼ばれてます」

「あ、はい、佐倉澪です」

まわりは相変わらずのお祭り騒ぎ。
ルイーザと呼ばれる女だけが、気難しそうな顔をして、額の汗を拭き拭き忙しなく働いている。

彼女はこのレストランの娘らしい。ときおり客の注文に、やっぱり厳めしい顔で、カウンターの奥に向かって《papa》と声をかけていた。

一通り聴取らしきものを終えると、ヒデは言った。

「マルコが盗難証明書を用意してきますから、ホテルに戻ったらすぐにスマホとカードを止めてください。どこのホテルですか?   送りしますよ」

「いえ、あの……知人の家に、滞在してるんです」 

ヒデは眉を開いた。

「ああ、観光客ではなかったんですね。そうか……。それで、そのお知り合いの住所か電話番号は?」

「それが……、スマホに登録してたので、わからなくて……」

ヒデは絶句した。

「参ったなぁ、本当に迷子なんですか?」

「すみません……」

ルイーザが、湯気が立つ料理を手のひらに載せたまま、じれったそうにヒデからの説明を待っている。こっちこっちと客から急かされ、やっぱり厳めしい顔で他の客の頭ごしに皿を渡しながら、ヒデに向かって大声を上げた。

返す方も、雑音に負けじとボリュームが大きくなって、まるで喧嘩腰。

萎縮する澪に、

「その知人の名前を教えてください。マルコに警察のネットワークを使って探させましょう」

「あ、はい。名前は、ジャンルカ・アルフレックス。……でも、彼はアメリカに住んでいるので、こちらに住所があるかどうかは……」

通訳を訊いたルイーザが、突然、真っ赤な顔をして何か口走りながら澪に迫った。
ヒデが体を張って突進を抑えていなければ、澪は止まり木からひっくり返っていたかもしれない。
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