桜ふたたび 前編
ヒデは《わかった、わかった》とルイーザをなだめ、頭を掻いた。
「そのアルフレックスさんというのは、Apollinareの丘のアルフレックスさんのことかって」
「すみません。丘の名前は、わかりません……。ここから東の、海に近い丘の上です。元は貴族の別荘だったと聞きました」
なにか因縁があったのかと、顔色を伺う澪の手を、ルイーザはいきなり両手で握りしめた。興奮した口調でなにか口走りながら、ぶんぶんと握手の手を上下させ、感に堪えないという様子で抱きついてくる。
それから、周囲に向けて大きな声を張り上げた。
客たちが一斉に歓声を上げ、コック姿のパパまで、なぜかそこら中で乾杯がはじまった。
「な、なんですか?」
「アルフレックス家はとても有名らしい。サン・ジョルジョ以来の町の名士だそうです。そんな由緒ある家と〝結婚〞するあなたを、神様が導いてくれたと、もう大騒ぎです」
どこからかワイングラスが湧いてきて、澪の手に収まった。
《ほら、新郎新婦!》
肩を押され、澪の視界に純白のドレスがふわりと現れた。列席者たちは体を斜めにして、新郎新婦を澪の前へと押し出している。
新郎は少し照れくさそうに、簡素なウェディングドレスの新婦は満面の笑みで、グラスを目の高さに掲げた。
《Cin Cin. alla vostra salute!!(アナタの健康に乾杯)》
再び、歓声が沸いた。
──よくわからないけど、歓迎されてるみたい。
ともかく、ジェイが嫌われたり憎まれたりしているのではなくてよかった。
それにしても、イタリア人は陽気で気さくで人懐っこい。
言葉が通じようが通じまいがお構いなしに話しかけてきては、グラスを掲げる。
おじさまたちは大袈裟なジェスチャーとともに笑い、おばさまたちは「これを食べろ」と皿を差し出し、そのたびに、《Cin Cin!》、《Cin Cin!》、また《Cin Cin!》──遠慮する間もなく、目が回りそう。
そう考えると、いつもはクールなジェイも、根はお節介で独善的なイタリアーノ。
時間に厳しくて個人主義なのは、きっとニューヨーク生活が長いからだろう。
どこからともなくピアノの調べが流れてきて、バカ騒ぎが止んだ。
隅のアップライトピアノの前に、ヒデが座っていた。