桜ふたたび 前編

それからは完全に千世の独壇場だった。

「さっき祇園白川でお会いしたの、覚えてはりますぅ?」
「どちらの国の方ですか? アメリカ? フランス?」
「きれいな瞳ですね。グレー? 少し水色もかかってるみたい。黒髪に薄い色の瞳って、不思議やわぁ」
「お箸の使い方もめっちゃお上手。あ、もしかしてハーフとか? 日本に住んではったりして?」

上体を乗り出すどころか、もはやすっかり澪の前に体を被せて、機関銃のように質問を浴びせかける。

ジェイは眉ひとつ動かさず、無機質な横顔を向けたまま、淡々と食事を続けている。

それでも諦めない千世の根性も凄いけど、まったく動じない彼もたいがい図太い。彼女の無遠慮なしつこさに、いつ席を立ってしまうか、回りがハラハラしているのに。

「千世ちゃん、飲みもののお替わり、お入れしまひょか?」

こういうときはやはり女将。さりげなく無理なく助け舟を出してくれる。
閉じることのなかった口が、はたと止まった。

「ようよう而今《じこん》の斗瓶取りが入りましたんえ。呑みたい言うてはりましたやろ?」

「WAO! もちろん、オフコースで」

なぜか欧米口調で、いったんは食いついた千世が、何やら妙案を思いついたと言うように手を叩いた。

「でもここはシャンパンかワインでしょ。シンちゃん、ええのん見繕うてぇな」

これにはさすがの慎一も、眉間にしわを寄せた。

「うちみたいな店には、ワインセラーもなければソムリエもおらんよ」

彼の背後の棚には、二十種類以上のこだわりの日本酒が整然と並んでいる。ここは《《おばんざいと日本酒》》の店だ。

千世は耳も貸さず、「今夜お会いできたことに感謝させてくださ〜い」と、またジェイへと秋波を送っている。
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