桜ふたたび 前編

澪が両手を合わせるのを見届けて、ジェイはシモーネへ視線を戻した。

《澪はモノではない》

シモーネは薄ら笑いを浮かべた。
「お前が言うか?」と言われたようで、ジェイは「生意気なガキめ」と胸の中で毒づいた。

《まず、日本語をマスターするのが先だろう》

《楽勝だ》

これで諦めるだろうと難題をふっかけたのに、シモーネは存外に執拗だ。
エヴァは何事に対しても淡泊だが、エルモは偏執的な性向だから、父親に似たのか。
成長したシモーネが、エルモと仏頂面を並べている場面を想像して、ジェイは吹き出しそうになった。

いずれにせよ、現在の環境がシモーネの複雑な性質の素因となっていることは否めない。
人嫌いと孤独感。無関心と依怙地。驕慢と几帳面。子どもらしからぬ彼の自己矛盾は、幼年期に必要な〝親の愛情〞という栄養素が不足しているためだ。

ジェイ自身、祖父の元で乳母に育てられ、四歳でロンドンのホテル暮らし、六歳からはスイスの寄宿舎生活。両親との対面は、学業や社交にまつわる下知の場のみで、親子の交流の思い出など一つもない。

それでもねじけることなく(本人はそう思っている)成長したのは、学友に恵まれたおかげだろう。

そう思うと、シモーネも不憫な子どもだ。

──ではあるが、可哀想だと甘やかすと、子どもはますますつけあがる。
特に、己を特権階級だと思い上がっているタイプには、圧倒的な力でねじ伏せて、厭というほどの屈辱感を味あわせておく必要がある。
< 202 / 313 >

この作品をシェア

pagetop