桜ふたたび 前編

ジェイは、澪の肩を抱き寄せた。

《澪が承知しない。彼女は私を愛している》
「美味しいだろう? 澪」

思惑どおり、目の前の笑顔につられて、澪が微笑み大きく頷いた。

《こんな奴のどこがいいんだ! 仕事ばっかで、ぜんぜん遊んでくれない冷たい男だぞ!
僕ならジェットもクルーザーもヨットも持ってるし、ミオをどこにだって遊びに連れてってあげられる》

ジェイは、情けないとばかりに大きく頭を振った。

《それはエルとエヴァのものだ。好きな女とデートするのに、親の金と力を使おうなどと思ってはいないよな?
ちなみに私は、君の年には投資で$100万は稼いでいた》

シモーネは顔を真っ赤にして、

《ちくしょう!》

拳でテーブルを叩く音が、食器の揺れる音とともに響いた。

澪が不安そうに袖を引いて見上げている。
ジェイは悪い笑みを浮かべると、やおら澪にキスをした。ゆっくりと、見せつけるように。

ブチッ、と何かが切れる音がした。
次の瞬間、シモーネは乱暴に椅子を蹴って立ち上がると、イノシシのようにドアに体当たりして飛び出していった。

激昂型な性格は誰に似たのだろう?
エヴァの子育てに問題があるのはわかりきっているが、斑気も多いし、会うたびに拗けを増してゆく。
規律が厳しいボーディングスクールでも矯正できないようでは、いずれ彼自身が痛い目に遭うだろう。

──まあ、甥っ子の将来など、どうなろうと知ったことではないが──。

ふと、咎めるような視線に気づいて、ジェイは罰悪く笑った。

「わかった、子ども相手に大人げなかった。シモーが人のものを欲しがるからいけないんだ」

「少しぐらい貸してあげても、いいのに」

ジェイは目を点にした。
こればかりは貸し借りができないのだと、教えてあげるべきだろうか?
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