桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀


「あ、虹!」

部屋に戻るなり、澪は雨上がりのバルコニーへ飛び出した。

美しい光の帯が、海のなかから現れている。
弧を描いた虹は、120度の付近で空と溶け込み、まるで海から天へと架けた橋のようだ。

虹は、大洪水のあと神が人間に賜った契約の証。
虹を見上げるとき、人は誰もが明るい未来を予感する。

「きれい……」

天弓にうっとりと微笑む澪に、ジェイは生まれて初めて虹を見たような気がした。

「気分は?」

「おかげさまで、すっかりよくなりました」

「本当に、心配させる」

「ごめんなさい」

とても反省している声ではない。

──私が手玉に取られているのか?

気づくと澪のことを考えている。
どうすれば彼女が歓ぶのか、そればかりが気になる。

それなのに澪は、少しも期待通りの反応を見せない。

今回も、いてもたってもいられずパリから戻ってきたのに、澪は喜ぶどころか困った顔をした。

クリスマスプレゼントのときは、もっと惨かった。
小さなクマ(Bare)のサンタクロースに、涙型(Tear)のダイヤモンドのイヤリングを持たせて贈るという演出をしたのに、澪は大喜びでぬいぐるみにキスをしたのだ。
ジュエリーの方がメインだと知ると、迷惑そうな、微妙な表情を浮かべた。

澪からは、曰く〈よく眠れるセット〉。
澪が、自分のためにあれこれと悩んでいる姿を、想像しただけで嬉しかったのに、彼女はなぜか申し訳なさそうに引っ込めようとした。

これでも心理学の博士号だ。
しかし、理論など、用いる側に強い思い入れがあると、何の役にも立たない。

己の腑抜けぶりに呆れながら、実は密かな愉しみに耽っていることも確かだった。
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