桜ふたたび 前編
とにもかくにも、澪は無事に戻ってきた。
ヒデとかいう男の処遇は後にして、彼女が手元にいる限り、危害が及ぶことはない。
ジェイは澪の肩を回して振り向かせると、刻印をつけるように額に唇を押し当てた。
瞼に、頬に、鼻に、そして、唇に触れようとしたとき、澪が小さくささやいた。
「風邪がうつります」
「澪のものなら、すべて欲しい」
「ジェイが望むなら、なんでも差し上げたいんですけど……上げられるものを持ってなくて……」
男心をくすぐることを、潤んだ瞳で言うのだからたまらない。
問題は、〝愛の告白〞をしているという自覚が、当人にはまったくないことだ。
いや、実際のところどうなのだろう?
苛立つくらい、日本人は肝心なことをストレートに口にしない。言葉など減るものでもないのに。
ジェイは、人差し指をそっと澪の唇に押し当てた。
「それなら──言葉を。私を愛してると、言ってくれないか?」
澪は弱り顔を浮かべる。
「私を、愛してる?」
何度こんな問答をしただろう。
ベッドの中でも、澪は〝愛してる〞と決して言わない。
「何でもくれると言ったのに」
「でも……」
「私は何回でも言う。澪を愛してる。愛してる。愛してる」
「……そんなに言われると、ありがたみがなくなります」
真っ赤になりながら照れ隠しを言う澪に、ジェイは呆れたように苦笑した。
「贅沢だなぁ」