桜ふたたび 前編

2、カポダンノ

聖なる松明に照らされたオペラハウス風の車寄せに、リムジンが到着した。

間髪入れずに燕尾服のドアマンが優雅に車のドアを開く。ぎこちなく車から降りてきた女は、目の前にさりげなく出された肘にキョトンとしている。目線で手ほどきされ、ようやく思い至ったのか、おずおずと男の腕に手を添える姿に、白のタキシードにブラックパンツを合わせたアレクは、思わず吹き出した。

──来たか。

緊張に顔を引きつらせた澪は、さっそく深紅の絨毯にハイヒールを引っかけ、足をもつれさせている。

ローマ郊外の高台の森に建つシャングリラの如く近代的リゾートホテルの別館、厳重なセキュリティチェックに迎賓館なみの最上級スタッフたち。完全に呑まれている。挙動がおぼつかなくて、危なっかしくて見ていられない。

“彼女がジェイの新しい恋人?”

“ああ”と、生返事をして、アレクはジェイに向かって手を挙げた。

彼は今にも泣き出しそうなパートナーのことなど気にもとめず、平然と手を挙げ返した。

──澄ました顔しやがって! 

だが、澪の救われたという顔を見ると、出かけた怒りも引っ込んでしまう。こんな瞳を向けられたら、無条件で守ってやりたくなるのが、男の性だ。

アレクは努めて爽やかな笑顔で、そっと彼女の右頬へ左頬へチュッチュとチークキスをした。

“Ciao. きれいだよミオ。ショートカットもよく似合う”

「Ciao. Mi fa piacere rivederti.(またお会いできて嬉しいです)」

いつの間に覚えたのか、まだ自信なさげだが発音はできている。
ジェイが露骨に気に食わぬ顔をしたのは、自分だけのおもちゃを取られたような気分なのだろう。ざまあみろだ。
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