桜ふたたび 前編
おそらく仕事絡みなのだろう。
ジェイの無表情や冷めた口調は、相手に思考を読ませないためのアイテムなのだと、澪は考えていた。
企業買収というのは敵を作るのだと思う。
〈勝ち続けてこそジャンルカ・アルフレックス〉と、リンは言った。そして彼自身も勝つことしか念頭にない。
──もしかしたら、人に恨まれるようなこともあるのではないかしら? 今のひとみたいに。
だから、仕事に関係のない澪の前では、笑ったり、怒ったり、驚いたり、やきもちを焼いたり、心配したり──ちゃんと人間らしい感情を出せるのだろう。
──なぜ、わたしなの?
ハイクラスな女性を選ぼうと思えば、いくらでも選べる人なのに。やはりそういう方々は、どこかで仕事に関わってしまうのだろうか。
だからって、一般人にも彼にふさわしい女性はごまんといる。
──もしかして、変わった趣味だとか?
そう考えて、ふと脳裏に、里の芸妓画がよぎった。
「何?」
「え?」
「何か言いたそうだ」
「い、いいえ、なにも……」
ジェイはチラリと澪を見やると、テーブル脇に畏まったカメリエーレに指でオーダーを伝えながら、穏やかに問いかける。
「私には言えないこと?」
「言えないことなんてないです。ただ──」
「ただ?」
ああ、またのせられた。己の単純さが嫌になる。
「ただ? 何?」
澪はぼそぼそと、
「わたしの、どこがいいのかと思って……。何の取り柄もなくて、つまらない女なのに……」
ジェイは平然と、
「sex.」
澪は仰天した。テーブルを離れたカメリエーレがぴくりと聞き耳を立てている。
「澪のカラダは麻薬だ。抱いても抱いても、すぐに欲しくなる。澪にもっとスタミナがあればいいのだけれど、疲れて眠る顔もかわいいから、我慢してる」
悩ましげな表情でそんなことを言われ、澪は真っ赤になった。
日本語だから周囲には伝わらないはずだけど、それでもまるで心の中を大声で読み上げられたようで、顔を上げられない。
「澪が好きなのは、私の声かな? 耳元で囁くと、とろけそうな顔になる。それからキス。舌の使い方も上手になった。でも一番はセッ──」
「いいですっ! いいですからっ!」
茹で上がりそうな顔で止めに入る澪に、ジェイは声を立てて笑う。
「つまらないどころか、澪は見ているだけで飽きない」
「……悪趣味です……」