桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀
「何でイタリアでフランス製品を買う必要があるんだ?」
華やかなクリスマスディスプレーに彩られたブランドショップで、千世から託された購入リストを握りつぶしながら、ジェイは不満をたれる。
彼の頭の中には常に効率的なスケジュールが組まれていて、想定外の出来事にも臨機応変に対応するけれど、無駄な労力を使うことはとても嫌う。
それでも、澪の望みなら言葉にしなくても、昨夜はわざわざルイーザの店へ足を運び、ヒデにお礼を言ってくれたし、ジェノヴァやローマの観光も意気揚々と案内してくれた。ショッピングに行きたいとお願いしたときも、すごく乗り気だったのに。
だからって、調子に乗り過ぎた。どうしたら機嫌を直してくれるだろう。
「ワインと聞けばブルゴーニュと答えるような女だからな」
記憶力がいいのも考えもの。ジェイは、意外とどうでもいいことを根に持っていることがある。
澪はなるほどと小さく頷いた。
──これは、いわゆるお隣国へのライバル心?
子どものように臍を曲げてる彼はかわいくて、愛おしくて、つい、頬にキスしていた。
ジェイは驚いたように頬に手をやっている。
澪はちょっと気恥ずかしくなって、少しは機嫌が直ったかしらと衝動的な行動を正当化しながら、するりと店の外へ抜け出した。
とたん、大きなショッピング袋に腕がぶつかった。
「Scusa.」
相手は謝りもせず、まじまじと澪の顔を見つめてくる。
「やっぱり! 佐倉さんやぁ」
澪は心底驚いて、危険を察っして後退んだ。
上瞼が重い一重の吊り目にアヒル口。──知っている。
「こんなところで会うやなんて、ほんま奇遇やねぇ。何年ぶり?」
澪は引きつった笑みで答えを濁した。
いったんは澪を追い抜いたジェイが、足を止め振り向いた。
「五年ぶりくらい? いやぁ、ほんま吃驚! あたしもな、三ヶ月前に柚木建設、辞めたんよ」
澪はギクリとした。いや、ゾクリとした。
今のは絶対に聞かれた。決して触れられたくない過去を、もっとも聞かれたくないひとに。
後で何か訊ねられたらと思うと、1㎜も表情筋を動かせない。
「それで、友達とヨーロッパでも行こかってな。佐倉さんは?」
女はジェイに興味津々の目を向け、ニヤリと笑った。
「へ~ぇ、またたいそうなイケメン捕まえて、相変わらずやなぁ。ふふっ。そや、記念に一枚ええ?」
答える間もなく、スマホのシャッター音が鳴る。
「ほな、お互いローマを愉しみましょう。チャオ」
嵐のように一人でしゃべった女は、足取り軽く踵を返した。
「アワチャン、イマノダレ?」
澪は思わず振り向いた。
ごりごりと、喉の奥に小石でも詰まったような違和感が居座っている。声を出そうとしても、うまく息が通らなかった。
「何でイタリアでフランス製品を買う必要があるんだ?」
華やかなクリスマスディスプレーに彩られたブランドショップで、千世から託された購入リストを握りつぶしながら、ジェイは不満をたれる。
彼の頭の中には常に効率的なスケジュールが組まれていて、想定外の出来事にも臨機応変に対応するけれど、無駄な労力を使うことはとても嫌う。
それでも、澪の望みなら言葉にしなくても、昨夜はわざわざルイーザの店へ足を運び、ヒデにお礼を言ってくれたし、ジェノヴァやローマの観光も意気揚々と案内してくれた。ショッピングに行きたいとお願いしたときも、すごく乗り気だったのに。
だからって、調子に乗り過ぎた。どうしたら機嫌を直してくれるだろう。
「ワインと聞けばブルゴーニュと答えるような女だからな」
記憶力がいいのも考えもの。ジェイは、意外とどうでもいいことを根に持っていることがある。
澪はなるほどと小さく頷いた。
──これは、いわゆるお隣国へのライバル心?
子どものように臍を曲げてる彼はかわいくて、愛おしくて、つい、頬にキスしていた。
ジェイは驚いたように頬に手をやっている。
澪はちょっと気恥ずかしくなって、少しは機嫌が直ったかしらと衝動的な行動を正当化しながら、するりと店の外へ抜け出した。
とたん、大きなショッピング袋に腕がぶつかった。
「Scusa.」
相手は謝りもせず、まじまじと澪の顔を見つめてくる。
「やっぱり! 佐倉さんやぁ」
澪は心底驚いて、危険を察っして後退んだ。
上瞼が重い一重の吊り目にアヒル口。──知っている。
「こんなところで会うやなんて、ほんま奇遇やねぇ。何年ぶり?」
澪は引きつった笑みで答えを濁した。
いったんは澪を追い抜いたジェイが、足を止め振り向いた。
「五年ぶりくらい? いやぁ、ほんま吃驚! あたしもな、三ヶ月前に柚木建設、辞めたんよ」
澪はギクリとした。いや、ゾクリとした。
今のは絶対に聞かれた。決して触れられたくない過去を、もっとも聞かれたくないひとに。
後で何か訊ねられたらと思うと、1㎜も表情筋を動かせない。
「それで、友達とヨーロッパでも行こかってな。佐倉さんは?」
女はジェイに興味津々の目を向け、ニヤリと笑った。
「へ~ぇ、またたいそうなイケメン捕まえて、相変わらずやなぁ。ふふっ。そや、記念に一枚ええ?」
答える間もなく、スマホのシャッター音が鳴る。
「ほな、お互いローマを愉しみましょう。チャオ」
嵐のように一人でしゃべった女は、足取り軽く踵を返した。
「アワチャン、イマノダレ?」
澪は思わず振り向いた。
ごりごりと、喉の奥に小石でも詰まったような違和感が居座っている。声を出そうとしても、うまく息が通らなかった。