桜ふたたび 前編

──こんなセクシーなソワレ、似合っているはずがない。

最高級のブラックシルクは肌の上を流れるように滑らかだけど、腰まで開いた大胆なバックスタイルと太ももが見えそうなサイドスリットに、車までのたった6mの道幅さえ憚られた。

そもそも、カポダンノ(年越しパーティー)のことを聞かされたのは、コンドッティ通りのブティックでこのドレスを試着したとき。
サイズがぴったりで驚いたら、東京のレセプションパーティーでお世話になったスタイリストに問い合わせて、誂えていたらしい。

そのあと、ビューティーサロンで全身磨き上げられ、イケメン美容師に本人の同意もなくハサミを入れられてしまったのだ。

ジョリ、という音とともに、鏡越しに得意満面に微笑む美容師の手に、切り落とされた30㎝の髪の束を見たとき、卒倒しそうになった。

澪は両親と暮らしはじめてこの歳まで、ロングヘアを通してきた。父の好みだからと、母が切らせてくれなかったからだ。
それを……。イタリア人はどうしてこう独善的なのだろう。

だいいち、イブニングドレスが必要なパーティーなど想像もつかない。

〈ただのカウントダウンパーティー。両親はパリ、兄はニューヨーク、ローマは私が出席するのが慣例なんだ〉

と言っていたジェイも、ブラックタキシードに髪型もキメて──。
きっとものすごい人たちの集まりに決まっている。まず、ジェイの物事の程度は、一般常識から二ランクくらいずれていると思って間違いないから。

無駄だとわかっていても、そこまでイヤならとジェイが諦めてくれることを期待して、わざとらしいため息の数を増やしてみる澪だった。
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