桜ふたたび 前編
ステージでは年越しライブが始まった。
掠れた低音ですれ違う恋人たちを綴った恋歌は、甘く切ない。
彼の代表曲、と言うか唯一のヒット曲だが、一年の締めくくりには暗すぎるし、暗示めいて気分が滅入る。
ともあれ、クリスが取り巻き連中にかっさわれてくれたことを、アレクは感謝していた。
あのふたりの雰囲気を目の当たりにしては、澪も心中穏やかではなかっただろう。
それより、シルヴィの視線が恐ろしい。
──ジェイの不徳への責めを、こちらへ向けるな。
そりゃ確かにいろいろやらかしたけど、ジェイのようにデリカシーに欠けた行いはしていない、はずだ。……たぶん。
『ジェ~イ!』
興ざめな声が響いた。
アレクとシルヴィが眉を顰めるなか、邪険に人を押しのけて、赤いドレスの女が現れた。
ヤドカリのように巻き上げられた金髪(完全に人工)、不自然に整った鼻筋(高確率で整形)、眉間の広い吊り上がった小鳥目(これは天然か?)。エンパイアラインのスパングルが、妖しい鱗のように照明を反射させている。
そんな存在感のあるヘアスタイルやドレスより目を引くのは、胸元や、耳朶や、手首や指に盛られた、ゴージャスジュエリー。
まるで歩く宝石箱に、アレクたちが唖然としているなか、女は、いきなりジェイの首に飛びついた。
『逢いたかったわ』
とても挨拶とは呼べないキスを、ジェイに押し付ける。
『メイファ──』
ジェイは丁重に、しかし目に見えぬ力強さで、女の体を引き剥がす。
唇の端を拭った親指に深紅の口紅を認めて、さすがに舌打ちをしたが、メイファと呼ばれる女は気にする様子もない。
よほど放胆な性質らしい。
『わざわざローマに来て正解だった。このあいだ、東京でパーパと会ったのでしょう? ひどいわ。日本まで来ていたのに連絡してくださらないなんて』
ジェイの手を両手で握り、くねくねと科を作りながら、上目遣いに甘ったるい声を出す。
コメディドラマでもそんな下手な演技はしない、とアレクは胸が悪くなった。
《何だ? あの騒々しい女は》
《パリ・コレクションで何度か見かけたわ。成り上がりの親の金と人脈で、パリのクラブ入りしたけど、某国のプリンセスに暴言を吐いて追放になった、おバカな中国人》
シルヴィの簡潔な紹介に、アレクは愉快そうに笑った。
掠れた低音ですれ違う恋人たちを綴った恋歌は、甘く切ない。
彼の代表曲、と言うか唯一のヒット曲だが、一年の締めくくりには暗すぎるし、暗示めいて気分が滅入る。
ともあれ、クリスが取り巻き連中にかっさわれてくれたことを、アレクは感謝していた。
あのふたりの雰囲気を目の当たりにしては、澪も心中穏やかではなかっただろう。
それより、シルヴィの視線が恐ろしい。
──ジェイの不徳への責めを、こちらへ向けるな。
そりゃ確かにいろいろやらかしたけど、ジェイのようにデリカシーに欠けた行いはしていない、はずだ。……たぶん。
『ジェ~イ!』
興ざめな声が響いた。
アレクとシルヴィが眉を顰めるなか、邪険に人を押しのけて、赤いドレスの女が現れた。
ヤドカリのように巻き上げられた金髪(完全に人工)、不自然に整った鼻筋(高確率で整形)、眉間の広い吊り上がった小鳥目(これは天然か?)。エンパイアラインのスパングルが、妖しい鱗のように照明を反射させている。
そんな存在感のあるヘアスタイルやドレスより目を引くのは、胸元や、耳朶や、手首や指に盛られた、ゴージャスジュエリー。
まるで歩く宝石箱に、アレクたちが唖然としているなか、女は、いきなりジェイの首に飛びついた。
『逢いたかったわ』
とても挨拶とは呼べないキスを、ジェイに押し付ける。
『メイファ──』
ジェイは丁重に、しかし目に見えぬ力強さで、女の体を引き剥がす。
唇の端を拭った親指に深紅の口紅を認めて、さすがに舌打ちをしたが、メイファと呼ばれる女は気にする様子もない。
よほど放胆な性質らしい。
『わざわざローマに来て正解だった。このあいだ、東京でパーパと会ったのでしょう? ひどいわ。日本まで来ていたのに連絡してくださらないなんて』
ジェイの手を両手で握り、くねくねと科を作りながら、上目遣いに甘ったるい声を出す。
コメディドラマでもそんな下手な演技はしない、とアレクは胸が悪くなった。
《何だ? あの騒々しい女は》
《パリ・コレクションで何度か見かけたわ。成り上がりの親の金と人脈で、パリのクラブ入りしたけど、某国のプリンセスに暴言を吐いて追放になった、おバカな中国人》
シルヴィの簡潔な紹介に、アレクは愉快そうに笑った。