桜ふたたび 前編
「澪……、そんなに急ぐな」

白いレースの天蓋のなか、薔薇の香りを纏った澪は躊躇うことなく駆け上ってゆく。

肩にすがりつき、餌をもらう雛のように舌を貪り、性急に自らリズムを刻む澪に、ジェイは苦悶の表情を浮かべた。

受身な澪が、淫らに快感を貪る様は扇情的で、沸点が早まる。
狭く柔らかく蠢くように、澪はより深くへと男を導き締め付け、いつも抗えない。

彼が自らを解き放ったとき、午後の光のなかで白い裸身が烈しくうち震えた。
そうして一瞬の静息の後、澪は地上へ墜ちた小鳥のようにジェイの胸へ沈んでいった。

ジェイはそうっと澪の体をベッドへ横たえた。
澪はすでに午睡のなかにいる。肉体とともに心まで天国の門を潜ったのか、すうすうと安らかな寝息を立てていた。

どうしたら、この朝露のように美しく愛おしい存在を、掌に留めておけるのだろう。
彼女をこのまま永遠に傍らに眠らせておくことはできないものか。

ジェイは細い喉元へそっと手をかけた。親指に規則正しい脈動が伝わってくる。
指先に力をこめたとき、彼女は少し身じろぎ、「ううん……」と寝ぼけた声を出した。

ジェイはフッと笑うと、その手を滑らせ澪の頬を撫でた。

澪に対する愛情は、ときおり狂気を覚えさせる。
体を重ねても、愛の言葉を聞いても、まだ何か物足りない。どんなに肉体を征服しても、この手に掴みきれない不安が残る。

もどかしさに堪えきれず、いずれ本当に澪を手にかけてしまうかもしれない。
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