桜ふたたび 前編
「もぉ~、苛々する! ええわ! 澪、連絡先、教えて!」
スマホを手に迫る千世に、澪はびっくりしてのけぞった。
「早よ、プリンスのケーバン! あんたの代わりにうちが言うたるさかい」
澪は、とんでもないと首を振った。
「何でぇな!」
「彼と別れることと、今回のことは関係ない。イタリアにいるときから、考えてたことだから」
「え? ええ? 何で? 何かあったん? けんかでもした?」
澪は再び首を振った。
「ほな、何でよ〜?」
「12時の鐘が鳴って、夢から覚めた」
「は? それなら、シンデレラは王子様と結婚して、ハッピーエンドになるんやないの?」
「千世、シンデレラはね、元々貴族のお嬢様なのよ。美人で、聡明で、優しくて、そのうえ家柄も良かったの。
わたしも硝子の靴はもらったけど、うまく歩けなかったし、靴擦れができた」
澪は一度息をつき、目を伏せ独り言のように続けた。
「それなのに……ジェイは、わたしの手を離そうとしないんだもの」
千世は腕組みをして首を捻った。
──よく事情が飲み込めへんけど、つまりは、澪もようやく身分違いを自覚したってこと?
ふたりの交際を告白されたときから、結末はわかってた。遅かれ早かれ破局すると。
それでも、澪にはきつすぎる授業料だ。彼女にとっては、ようやく訪れた初恋だったのに……。
怒りの矛先を失った千世は、拍子抜けしたように、口をへの字に鼻から息を吐いた。
澪は仕方なさげに、過激なタイトルが満載された週刊誌の表紙に目を落としている。
「でも、凄いよねぇ。こんな写真だけで、名前も住所も電話番号までばれちゃうんだから」
「ちゃうよ、これや!」
千世はササッとスマホを操作し、完全犯罪のからくりを暴く探偵のように、澪の鼻先に突きつけた。
「ネタ元はこのインスタ。#ローマ旅行#噂の人。ほら、あんたの顔はちょっとぼかしかけてるけど、プリンスはばっちり写ってしもうてる。これが拡散されて、ネット民が探偵になって、あんたが犯人やて特定されたんよ」
澪は画面を流し見るだけ。ため息混じりに呟いた。