桜ふたたび 前編
XIII 故郷の海辺

1、故郷の海辺

ニューヨーク24時、ミッドタウンのホテルへ帰館したジェイは、窓に映った顔に鬱陶しそうにネクタイを弛め、鳴り続けるスマートフォンを手にした。

〈柏木です。夜分すみません。実は澪さんのことで……〉

その名を聞いたとたん、窓ガラスの顔が歪んだ。

ジェイはズボンのポケットに手を突っ込み、指に触った冷たい金属を握りしめた。

ニューヨークへ戻る機内で、ポケットのリングに気づいて、ジェイは改めて打ちのめされた。いつ澪が入れたのか。いずれにせよ、〈約束〉は必要がなくなったという彼女からのメッセージだ。

しかし、これほどはっきりとした決別を突きつけられながら、ジェイはリングを手放せなかった。己の女々しさが彼を自己嫌悪させていた。

『彼女がどうした?』

〈京都の病院から連絡がありまして、この二週間、来院していないとのことです〉

『そうか』と、ジェイは遠く摩天楼の灯りを見つめながら、平静を装った。

澪はホテルを二日後にはチェックアウトしていた。それほどまでに拒絶されているのなら仕方がない。今さら彼女にしてあげられることは何もないのだからと、虚しさを隠せなかった。

〈私からも電話させていただいたのですが、連絡が取れず、勤務先も退職したということですので〉

『辞めた?』

〈はい。そちらに連絡は?〉

『いや……』

〈……そうですか……。来週、大阪出張がありますので、京都に寄ってみます〉

『その必要はない』

ジェイは詮索を拒むように通話を切った。
澪が姿を消したのは、いかなる接触も避けたいからだ。それならば捜さないことが彼女の望みだろう。
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