桜ふたたび 前編
「そんなに美しいの? シンちゃんよりも?」
〝美〞こそがママの絶対的な価値基準。その審美眼に適ったものだけが、この空間に存在を許されている。
自らも美しくありたいと、エステにアンチエイジング、美容には女性以上の金と時間と気を遣っている。いかんせん、ごつい骨格と野太い声が悲しい。
「シンちゃんなんかよってへんよ、カッパ顔やし」
ママの長年の推しを知っているのに、言い方が容赦ない。
案の定、相手はご機嫌を大いに損ね、
「まぁ、失礼な娘ね!」
然らぬ千世は、ふぅと熱い吐息を漏らした。
「ほんまに、〈二次元のプリンスかー〉ってルックスなんよ。甘いマスクに、推定180㎝の長身。ええ感じに筋肉がついてて、絶対、白の軍服とか似合うと思う」
「平たい顔族には、西洋人はみんな、美男美女に見えんのよ」
「そのうえスマートでスタイリッシュ。無口で冷たいところがまた、そそるんよね」
「あら? おもろい人がええんやなかった?」
「ニューヨークの高級デパートで、ファッション関係のバイヤーしてはって、日本には買い付けに来やはったんやて」
──そうは言ってない。
彼はなに一つ答えなかった。千世が、出されてもいない謎解きに嬉々として取り組み、勝手にはじき出した推論だ。
とはいえ、相手は否定も肯定もしなかったから、〈当たらずとも遠からず〉なのだとは思うけど。
「あ~あ、もういっぺん会いたいなぁ。うちともあろう者が、ケー番ゲット仕損なうやなんて、一生の不覚やわ」
澪はぎくりとした。話を振られては困ると、あわててグラスに手を伸ばす。
それにしても、失恋のやけ酒を覚悟していたのに、千世はもうすっかり忘れている。──それはそれで、喜ばしいことだけど。