桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀

ホテルの一室で、ジェイは眼前の京都タワーを睨み据えていた。

今朝、病室はもぬけの殻だった。
急いでアパートへ駆けつけたが、彼女が立ち寄った形跡はなかった。

昨日は、あまりに突拍子もないことに、平常心を失っていた。

女から別れを告げられることには慣れている。どんな出逢いにも別れにも、さしたる感慨を持ったことがない。
それが、まさか、あれほど痛烈な衝撃を喰らわされるとは、思ってもみなかった。

冷静に考えれば、衰弱した澪が自暴自棄になって吐いた言葉だ。
今はまだ鬱状態だが、体の回復を見れば、心も落ち着きを取り戻す。

そう安心して構えていたのに──虚を突かれた。

──あんな体で、どこへ逃げたんだ。

ふと、脳裏に一人の顔が浮かんだ。

ジェイはチッと舌打ちし、忌々しげに腕組みした。
< 261 / 313 >

この作品をシェア

pagetop