桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀

それから一時間後。
駅ビル二階のカフェから、刻々と変わるコンコースの往来をじっと見下ろしていたジェイは、口元にニヒルな笑みを浮かべた。

期待を裏切らず、彼女はいそいそとやって来た。

「こんにちわ」

声を掛けられるのを待って、ジェイは振り向いた。
千世の後方に目を凝らし、それから、訝しげな視線を彼女に向ける。

「澪は……来ません」

ジェイは、重い溜め息とともに目を落とした。

千世は、一応〝気の毒そう〞で〝申し訳なさそう〞な顔を作っているが、うずうずした肩の線から、好奇心という本心がだだ漏れている。
とうとう辛抱できなくなったか、彼女は自ら椅子を引いて、腰を下ろした。

──釣れた。

ジェイはほくそ笑んだ。

「それでは、案内してもらおうか」

ジェイはいきなり席を立つ。
千世はきょとんと見上げている。

「君のところにいるんだろう?」

「はい。え? あ……、い、いいえ!」

冷たい目が、見透かしたように見下ろす。
千世はしまったと、肩に埋まるほど首をすぼめた。

澪が来ないことなど、ジェイにはわかっていた。

イタリア滞在中、澪が恋人との貴重な時間そっちのけで、教会探しに奔走するのを止めさせるため、後日結婚式場を紹介すると約束した際、千世の自宅の電話番号を渡されていたのが、思わぬところで役立った。



〈澪を捜している。どこにいるか心当たりはないかな?〉

〈い、いいえ!〉

必要以上の強い否定と狼狽に、しらばっくれているのは明らかだった。

好奇心の塊のような千世のこと、きっとのこのこ出てくる。
澪に止められることをおそれ、ここで待っているという伝言も握りつぶして──。



計算通りのまったく軽率な女だが、もう一働き、肝心な役どころが残っている。
向こうが来ないのなら、こちらから捕らえに行くまでだ。

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