桜ふたたび 前編
ジェイと別れてすぐ、着替えを取りに戻ったアパートの前で、噂を聞いたのか心配して訪ねてきた悠斗に捕まった。
澪の言葉足らずのせいもあって、〈婚約者がいるとも知らずにイタリアくんだりまで逢いに行って、散々弄ばれた挙げ句に、スキャンダルが発覚してあっさり捨てられた〉と、とにかく烈火の如くの勢いで、そのまま枕崎まで引っ張ってこられてしまったのだ。
伯父も伯母も、何も訊ねず温かく迎えてくれたけど、だからといって、いつまでも居候を続けるわけにもいかない。今後のことを考えなければならないことはわかっている。

だけど今は、亡霊のように生きている実感もなく、何をする意欲も湧かない。なかば引き籠もりの状態で、家と浜辺の往復以外は、買い物に出ることさえできずにいた。

澪は、人と会うことが怖かった。人の目が怖ろしかった。
目立たず寡欲に生きようとするのに、世間は思っている以上にお節介で悪意に充ちている。
どうしてみな放っておいてくれないのだろう。人と関わることに疲弊して逃げてきたのに、ここでもしがらみに追い回されなければならないのか。

硬く俯く澪に、黙ってやりとりを聞いていた誠一は溜息をついた。

「澪、ないも就職せーとはゆちょらん。じゃっどん、ちったぁ外ん空気吸うてきやんせ」

そして、可愛い我が子を、山寺へ修行に預けるように、「ほんのこてよろしゅう頼ん」と、自分の半分ほどの歳の青年に、白髪頭を深々と垂れるのだった。
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