桜ふたたび 前編
❀ ❀ ❀

十五階のエグゼクティブラウンジで、ふたりは目を合わせることをおそれるように、窓外に顔を向けていた。

遠く蒼暗い山並み。緩やかな稜線に切り取られた、禍々しいほど美しい夕映の空。
京都の街が、ゆっくりと暮れてゆく。

ピアノがエチュードを奏でている。
大昔の悲恋映画で流れていたと、ジェイは少年期のナイーブさに引き戻される気がした。

どこでボタンを掛け間違えたのか。
いくど思い返してみてもわからない。
いや、はじめから、自分だけが愛に浮かれていたのだと、ジェイは硝子窓に映った顔に冷笑を向けた。

ジェイは、静かに澪に向き直った。

「澪」

澪は目を伏せたまま、ゆっくりと顔を戻した。

「君が望むとおりにしよう。……私は、明日、New Yorkへ帰る」

澪の睫の先が震えた。

「その代わり、ここから通院してほしい。あの部屋では落ち着けないだろう?
ホテルは一ヶ月先までリザーブしてある。頼むから、今日みたいに、どこかに消えないで」

澪は切ない目を向ける。
そんな瞳を見てしまったら、決心が鈍る。
ジェイは瞼を閉じて、言い切った。

「食事の手配もしてあるから、栄養をしっかり摂って、早く体を治すんだ。
今は何も考えずに、眠りなさい」

──別れるんだ。

澪は、現実感のないなかで思った。
こうなることを望んでいたはずなのに、何か重大な罪を犯してしまったような、苦しさだけがあった。

澪はぼんやりと薬指のリングを見つめた。

この半年間すべてが夢で、今もまだ夢の中にいるような気がする。
まわりから音も色も失われて、心まで消えてしまいそうだった。
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