桜ふたたび 前編
ルナは、診療所のあるニエルティティ周辺の難民キャンプを廻り、警察の監視を懼れる避難民たちの堅い口から、何とか彼の最後の足取りを聞き出したのだと、ジャンボハイヤーの窓からよく晴れた桜島に目を向けて語り始めた。

あの日、彼は、JEM(ダルフール反政府勢力)が支配する山岳地帯の外れにある、小さな黒人集落にいた。真夜中の急患の報せに、診療所から車で二時間以上離れた村へ、往診鞄一つで急行したらしい。
懸命の治療で患者は一命を取り留めたが、夜明け前、村がアラブ系民兵の襲撃に遭い、患者の盾になって銃弾に斃れたそうだ。殺戮、強奪、放火、性的虐待、命からがら逃げ出した村人たちもみなちりぢりになり、村は壊滅した。

ルナは諌止する関係者を出し抜き、逃げ腰のガイドの尻を蹴飛ばして、焦土となった村へ乗り込んだのだと、武勇伝のように笑った。

「酷い状態だった。すべて焼け落ちて、何もなかった。偵察に来ていたJEMから、行き倒れを埋葬したと聞いて、ようやく彼を見つけたの。撃たれたあと、彼、しばらく意識があったのだと思う。渓谷に逃げこんで、そこで力尽きたのね」

淡々と締め括ったルナは、小さくなった婚約者を膝に抱いたまま、頂に雪を冠した遠山に目を向けて、微かな溜め息を吐いた。

窓の外には澄み渡った空の下、高原の森林が果てしなく続いている。
野辺に葬られた遺骸を、どんな思いで乾いた石塊から掘り起こしたのか、その壮絶さを想像すると、胸が痛い。
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