桜ふたたび 前編

ジェイは、ミニバーのウイスキーを掴むと、無造作にグラスに注ぎ入れ、一気に飲み干した。
強い酒が欲しかった。アルコールの灼けるような熱さだけが、心の寒さを一時的でも麻痺させてくれるような気がした。

立て続けに三杯煽って、ジェイはドッとソファに体を沈めた。
天井を仰ぎ、虚ろな目で、ただ空を見ていた。

いくら呑んでも、心の空洞は埋まらない。
何もかもが離れてゆくような、脱落感が広がるばかりだ。

本当に終わりなのか。
まだ信じられない。
あまりにも唐突に、終わってしまった。
まるで蛇口の栓を閉じるように、呆気なく。心に湧き続けていた美しい泉が、涸れてしまった。

瞼を閉じると、澪の笑顔があった。
愛おしそうに名を呼ぶ、柔らかな唇。真っ直ぐに見つめる、熱く潤んだ瞳。

あんなに愛し合って確かめ合ったのに、今は手に触れるどころか、声を訊くことさえも許されない。

ジェイはポケットからリングを取り出し、目の前に翳した。
流れ星の輝きにも、澪の笑顔が重なる。

これを人は未練と呼ぶのだろう。

ジェイは、怒りと恋しさと虚しさが入り交じった、如何ともしがたい感情に苛立ち、持っていたグラスを壁に投げつけた。

彼の叫びの代わりに、グラスが派手な音を立てて砕け散った。

彼はようやく知ったのだ。

人は誰しも、未練と後悔を背負って生きている。過去に囚われない人間などいない。

そして自分は、澪を失った痛みから、終生逃れることはできないだろう──と。

「澪……」

唇が愛しい名を刻む。
明るさから逃れるように手の甲をかざしたその目尻に、静かに光るものが滲んでいた。