桜ふたたび 前編

あの日──
ホテルから着替えを取りに戻ったアパートの前で、澪は悠斗に捕まった。
友人から例の噂を教えられて、駆けつけてくれたらしい。

それを、澪の言葉足らずのせいで、さらに誤解を生むことになった。

〈婚約者がいるとも知らずに、イタリアくんだりまで逢いに行って、散々弄ばれた挙げ句、スキャンダルが発覚してあっさり捨てられた〉

と、とにかく烈火の如くの勢いで、枕崎まで連れてこられてしまったのだ。

実家と真壁の家とは絶縁状態だ。
それでも悠斗は、あの事故のあと、日本一周バイク旅の途中に枕崎に立ち寄り、一週間ほど世話になったのだと言っていた。

そんな誠一だから、澪のこともなにも訊かず温かく迎えてくれた。

だからといって、いつまでも居候を続けるわけにもいかない。今後のことを考えなければならないことは、わかっている。

けれど今は、亡霊のように生きている実感もなく、何をする意欲も湧かない。
なかば引き籠もりの状態で、家と浜辺の往復以外は、買い物に出ることさえできずにいた。

澪は、人と会うことが怖かった。人の目が怖ろしかった。

目立たず寡欲に生きようとするのに、世間は思っている以上にお節介で悪意に充ちている。
どうして放っておいてくれないのだろう。
人と関わることに疲弊して逃げてきたのに、ここでもしがらみに追い回されなければならないのか。

硬く俯く澪に、黙ってやりとりを聞いていた誠一は溜息をついた。

「澪、ないも就職せーとはゆちょらん。じゃっどん、ちったぁ外ん空気吸うてきやんせ」

そして、可愛い我が子を、山寺へ修行に預けるように、

「ほんのこて、よろしゅう頼ん」

と、自分の半分ほどの歳の若者に、深々と白髪頭を垂れるのだった。
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